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2015年03月03日

●さよなら、国立競技場

土曜日、千駄ヶ谷の駅から秩父宮ラグビー場に向かう途中、国立競技場(国立霞ヶ丘陸上競技場)の脇を通ったんだけど、解体工事が始まっていた。外壁がびっしりと足場で覆われて、周りでは数台のショベルカーが稼働しているところだった。

この解体工事、入札不調が続いて確か3回目の入札でようやく業者が決まったんだっけ?今どきありがちな事とはいえ、新競技場の建設を巡ってもゴタゴタが収まっていない状況(というか本当にできんのかね?)の中で、壊すだけでも大変なんだね、と。

まあ、それでもどうにかこうにか工事は着手され、計画では9月末までに取り壊しが完了するのだそうだ。

僕にとっては子供の頃からサッカーやラグビーの観戦にそれこそ何十回(いや100回以上か?)と通ったスタジアムであり、中学の時には地域の体育大会の200m走であのトラックを走ったこともあった。地下には25mのプールがあって、夏休みのバイトで水泳教室のインストラクターをやったりもしたっけ。

代々木門から入ったところの2階には「オリンピア」というレストランがあって、水泳教室の後にカツカレーを食べたり、飲み会をやって「こんなところで飲めるのか!楽しい!」と上機嫌につい飲み過ぎたりもした。

もちろん、1997年の天皇杯以降、FC東京の数々の名勝負が繰り広げられた場所でもあった。名古屋戦のアマラオのVゴールも、雨の中でジュビロ相手に撃ち合いの末敗れて立ち尽くしたのも、2度のナビスコカップの優勝も、大熊東京の天皇杯優勝も、みんなこのスタンドで見届けたんだよね。ビール買うと「次は何十分後に来ましょうか?」と訊いてくれたバックスタンドの売り子の兄ちゃん、元気にしてるかなあ。

そうやって思い出を辿ったりすると、「ああ、本当になくなってしまうのか」とさすがに寂しい思いを禁じ得ない。

実は、先日、この解体工事を受けてということになるのか、僕が仕事で関係している某博物館でも国立競技場の関連資料(霞ヶ丘の青山門の看板とか「SAYONARA国立競技場プロジェクト」のグッズとか)の寄贈を受けたところなのである。まあ、物理的にも記録的にも旧競技場は「歴史」の中の存在になりつつあるということなんだろうね。

ああ、やっぱり寂しいな。いくら同じ場所にまた新しい国立競技場ができるっていったって、やっぱり記憶の中に刻み込まれたスタジアムとは別ものだもんなあ……。


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