« 悔しいな、本当に悔しいよ (FC東京×大宮アルディージャ) | メイン | そういや、10年前の江戸陸にも由紀彦はいた (町田ゼルビア×V・ファーレン長崎) »

2010年09月29日

●『キッスで殺せ』

51TpRvofegL._SL500_AA300_.jpg
これはずっと前にWOWOWで放送された、ロバート・アルドリッチ監督『キッスで殺せ(完全版)』。私立探偵マイク・ハマーは深夜の路上で裸にコートをまとった女クリスティーナを車に乗せるが、何者かに襲われて女は殺され、ハマーも重傷を負ってしまう。回復後FBIの尋問を受け、事件の背後に陰謀を感じ取ったハマーは女秘書ヴェルダとともに真相を究明していく。彼は関係者を次々尋問し、クリスティーナと同居していたリリーという女を保護するが……。
 
 
不気味さというかダークさというか、独特の引っかかりを持つ映画だった。

筋立て的には、陰謀に巻き込まれた探偵が仲間・美女の協力と自らのタフさを武器に真相を追い、ついに追い求めるモノにたどり着く、といういかにもハードボイルドなもの。しかし主人公のハマーはこの手のヒーローにありがちな正義感や賢さを感じさせることもなく、終始何を考えているのかわからない風。肝心の調査・推理も暴力頼みで、正直魅力に欠けるのは否めない。しかも彼だけでなく、ほとんどの人物が共感を拒むかのように描かれているのであった。

また、全編を通じて漂うのは神経を逆なでする不穏な雰囲気だ。物語は事件の構図が全くわからないまま推移し、敵はおろか味方が誰かもわからない状況が延々と続いていく(明かな味方は次々と消されていく)。殺人の不気味さを強調するように「その場面」は直接描かれず(しかし女の断末魔の悲鳴は執拗に繰り返される)、果てしなく繰り返されるも真実にたどりつかぬハマーの尋問はまるで何かの悪夢のようだ。そしてFBIによって明かされる恐ろしい真実。

なんというか、一見ハードボイルドの体裁をとりながら、実は「探偵もの」に求められる類のカタルシスに欠けているのがこの映画の特徴なのだろう。それが逆に魅力になっているのが不思議なところ。類を見ない、あるいはジャンルからはみ出した種類の作品である。意識的か無意識的かはわからないが……って、おそらく意識的なのだろう。ハマーが悪人を打ち倒す場面が(「階段落ち」の一シーンを除いて)描写されなかったりすることからもそれは推測できる。

ネットで調べてみたら、アルドリッチ監督はこの作品に「赤狩り」への批判を込めたとコメントしたそうな。なるほど、策動する「悪」の正体が見えない不安感や合衆国当局の冷酷さ、そして登場人物たちが追い求めるモノの正体などを見れば納得だ。ただ、上に書いたようなある種の不快さ・不気味さを強調するような演出を見れば、それはメッセージというような理屈立ったものではなく、当時の社会に蔓延していたドス黒い雰囲気そのものなんだろうな、とも思う。

まあとにかく、黒沢清が『蛇の道』『蜘蛛の瞳』あたりでVシネマ(ヤクザもの)のフォーマットを借りながら全然別の世界に到達してしまったような、そういう異物感ないし異界感を思い出した。つーか、3つ続けてみたけど、アルドリッチ監督の映画ってどれもそういう手触りなのね。

あと、この映画について語る時に外せないのがラストの展開である。リリーの微妙にエロい(しかしヤンデレくさい)「Kiss me,Mike……」の台詞も良かったけど、その後のあっと驚く「大爆発」には思わず唖然とさせられた。それまでのフィルム・ノワールの体裁もタフガイの暴力も陰湿な謀略も、何もかもが一気に吹き飛ぶ超展開。いや、一見物語が破綻したかに見えて、最後の最後でドカーンと突き放して終わってしまうところにこそカタルシスがあるという逆説!

少なくとも、スピルバーグとルーカスがこのラストシーンを観ていたのは間違いないな、と思う。まんま『レイダース/失われた聖櫃<アーク>』だもんね、あれ(笑)。
 

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://umanen.org/mt/mt-tb.cgi/2655