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2009年08月11日

●『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』


金曜日、貨幣博物館に寄る前、竹橋の国立近代美術館で「ゴーギャン展」を観た。後期印象派から出発しながら西洋文明に背を向けて新たな表現を目指し、南国タヒチを本拠地にプリミティヴィズム(原始主義)の先駆けとなった画家、ポール・ゴーギャンの個展。目玉は日本初公開となるボストン美術館所蔵の代表作『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』である。実は、僕もこの作品の謎めいたタイトルに引き寄せられたのだ。
 
 
今回の展覧会はさすが国立近美、幅広いゴーギャン作品が集められており、展示は年代順。最初の1枚は思いっきり印象派というか、造詣の浅い僕なんぞが見ると「モネと同じじゃん」という感じの作品であった。その後徐々に「いかにもゴーギャン」風の、どぎつい色彩で平坦に塗られた画に変容していく過程はなかなかに楽しい。『純血の喪失』なんて既にヨーロッパの絵とは思えないような雰囲気だし、タヒチに行く前からこんなだったんだねえ、みたいな。

で、憧れだったタヒチへ移住と相成るわけだが、ここで面白いのは、ゴーギャンが移り住んだ1890年代には既にタヒチはフランスの植民地として開発が進んでいて、彼の求める「無垢の楽園」ではなくなっていたことである。しかし、それでもゴーギャンは失われつつあるマオリの伝統に思いを馳せながら、主にタチヒ人女性の肉体をモチーフとして人類の神秘や生命力を描き続ける、と。なんつーか、身も蓋もない言い方だけど、苦労した人だったんだね(笑)。
 
 
そして、お待ちかねの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』。うーむ、これはさすがに……高さ140cm、幅370cmの大判から放射される謎めいたムードは、なるほどなかなかに魅力的であった。

愛娘の死と経済的困窮に苦しむ中で描かれ、完成直後に自殺を図ったこの作品はゴーギャンの「精神的遺書」と言われている。作家が全ての精力を傾け、頭の中のビジョンを吐き出した作品。画面右端に赤ん坊が描かれ、中寄りに若い人物が、さらに左端に老婆が描かれていることから、人間の生から死に至る経過を表現しているという解釈が一般的とか。他にも神秘的な像など多様なモチーフが散りばめられ、それぞれ様々な解釈が出されているそうだ。

まあ、個々のパーツについては会場にも掲示してある専門家の意見の通りなのだろう。ただ、素人なりの感想としては、おそらく作者も言葉ではっきりと説明できない「ビジョン」の部分部分について細々と議論しても仕方ない面もあるのかな、とも思った。パッと見の印象では右から左に「生→死」と流れるようにも見えないし。それよりもパーツの空間的な位置関係や、中央の人物(知恵の実をもぐエヴァ?)の全身がオーラがかっているのが気になるのだが……。

……って、案外、思いっきり思わせぶりな感じで描いておいて、後世の人々の様々な想像やら議論を喚起することそれ自体がゴーギャンの目的だったりして。状況からしてそんな余裕はなかったんだろうけど。とにかく、美術好きの人にとっては推理しだすときりがない作品なんだろう。それだけでもこの絵の価値は相当に高い、と言えるのではなかろうか。
 
 
その後『我々は~』以降の時代の作品も何枚か展示してあったけれど、率直な印象として「あ、ゴーギャン抜け殻になっとるな」と。昔を懐かしむような印象派風の絵が1枚混じっている他は、妙に落ち着いているというか枯れているというか、生気が足りない感じ。これはこれで一つの味なのかもしれないが、まあ「死にそこなった人間の絵」とは言えるかもしれない。『我々は~』以降、延々と遺書を書いているような感じだったのだろうか。だとしたら切ないねえ。
 
いずれにせよ、「世界的大画家の渾身の大作」を東京にいながらにして観ることができたのは、おそらく幸運と言ってもよいのだろう。だって、僕の生きている間には二度と来ないかもしれないもんね(笑)。少しでも興味がある人は見逃すべきではないと思う。ただ、この日は平日だったのにチケット売り場に行列ができるほどの混み具合だったから、行くならば平日か、土日の朝一番がいいだろう。ちなみに近美は常設展もけっこう面白いよ。玉石混合だけど。
 
 
[付記]
黒沢清監督の著書『映像のカリスマ』に、『1975・1985・1995 私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか』という未だ映画化されていないシノプシスが収録されている。未確認だけど、おそらくタイトルはゴーギャンの絵からとったのだろう。律子という謎の女と彼女に翻弄される人々の20年間に渡る時空交錯ストーリー、といった感じの内容。映画になったら無茶苦茶観たいと思うんだけどなー、多分ならないんだろうなー。
 

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