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2009年03月04日

●『パイパー』


先週某日の夜、渋谷のシアター・コクーンでNODA・MAP第14回公演『パイパー』を観た。はるか遠い未来の火星が舞台。人類が希望とともに移住を始めて900年、かつては栄えていた火星もすっかり荒廃し、わずかな人々がパイパーなる「死体と踊る機械」の襲来に怯えながら辛うじて生き延びていた。姉フォボス(宮沢りえ)・父ワタナベ(橋爪功)と暮らすダイモス(松たか子)は、少年キム(大倉孝二)とともに火星が衰退した理由を調べていくが……。
 
 
野田さんの芝居ははじめて観たけど、面白かった。想像していたよりもはるかに。

まず唸らされたのが、演出のダイナミックさだ。登場人物は先人が遺した「記憶のおはじき」を鎖骨に当てることによって時間を遡るのだが、その瞬間轟音が起こり、場内全体をデジタルライトが駆け巡る跳躍(ワープ)感。人類や金星人が火星に到着する宇宙船降臨シーンの圧倒感。無数の人々とパイパーがいきなり舞台に現れ、抗争を繰り広げる圧巻の場面。群衆を前に「骨」を掲げる野田秀樹の神々しさ。狭い舞台であそこまでの迫力が出るとは……驚いた。

加えて、空間的なダイナミズムだけでなく時間的にも、現在と過去を盛んに行き来する中で様々な人物やエピソードを織り交ぜつつ900年もの歴史を解き明かしていく構造になっており、観客は壮大な叙事詩を体験することになる。大きさの限られた舞台上で、わずか2時間の上演時間で、そこらのSF映画なんぞよりはるかにデカイ物語を描ききるというのは凄いことだ。聞くところによれば「時空の大胆な往来」というのは野田演劇の特長らしいけど。

で、肝心の物語はといえば、かなりハードな展開。はじめは幸福感に満ちていた移住者たちがやがて「生き物を食べる」ことの是非を巡って争い始め、数百年にわたる陰惨な殺し合い、そして終末感に満ちた現在と隠された衝撃的な真実に至る。さすがに人○食まで出るとはなあ。登場人物たちのやりとりが「言葉遊び」も含めて軽妙なだけにコントラストが……終盤がやや性急だったせいもあってトーンがチグハグにも見えるんだけど、そこもまあ味のうちなのかな。

結局、滅び行く世界、絶望に包まれた時代において「希望とはなんぞや」「人間を人間たらしめるのは何か」を問い直す物語なのであった。そういう意味では、今の世の中ときれいにリンクしている部分(「幸福の数値化」の失敗とかね)もあるにはあるけど、むしろ普遍性の強い、SFで言うところの「破滅テーマ」の王道的作品のように思える。金星人が「きれいな世界」へ人々を誘うくだり以降、宮崎駿『風の谷のナウシカ』(漫画版)を想起させるものがあった。

ラストシーンはロマンティックど直球の演出で、陳腐といえば陳腐だけど、あれ以外にはあり得なかったのではないかとも思う。暗闇の中でほのかに光る花はとても美しかった。900年越しに咲いた花なんだね、あれは。

キャスト的には、橋爪功のブレのない、軽妙でいて重厚な演技には素直に感銘。さすがはベテラン。松たか子は真っ直ぐ真っ直ぐ演じていて、それが主役のキャラとフィットして好印象だった。宮沢りえは昔の印象と全然違っててビックリ。大倉孝二は非常に芸達者な感じで、まあこういう人がいないと成り立たないんだろうな、と。コンドルズは頑張ってたなあ(笑)。野田秀樹はキレた役柄をパワフルに演じて見事だったけど、ちょっと声がかすれ気味だったかな。

ともあれ、繰り返しになるが、充実した2時間だった。これなら9500円(!)のチケット代も決して高くない。前売りが即日完売してしまったのも納得というものである。つーか、ミもフタもない言い方をしちゃうと、やっぱり生はいいね。出来事を発生と同時に目の前で見るというのは、スポーツでもアートでも、メディアを通すのとは全然別の感覚をもたらしてくれるから。他の劇団がどうなのかはよく知らないけど、また芝居を観てみようかな、とちょっと思った。

 
ついでに初めて行ったコクーンについて書いておくと、立地や雰囲気はBunkamuraだから悪くないし、シューボックス型の劇場は僕みたいな注意散漫な観客にとっても芝居に集中しやすくて良い。500人程度(?)のキャパも、観る側にとってはちょうど良い。あえて苦言を呈すなら、ちょっと椅子が悪いかな、ここ。横幅・前の席との間隔が狭いのと、あと座面が堅いのでお尻が痛くなってしまった。慣れているカミさんはきっちり座布団を持参していたが(笑)。
 

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