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2008年06月18日

●『竜馬暗殺』

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黒木和雄監督『竜馬暗殺』(映画同人社=ATG制作)を観た。実は先日NHK-BSでも放送されたものだが、「テレビブロス」で番組欄に見つけた時にはぜひ見ようと思っていたのにコロッと忘れてしまったのである。悔しいので、近所のTSUTAYAでDVDを借りてきてしまった。こういう要領の悪いことをしているからいつまでたっても財布の中身が豊かにならないのだ……という愚痴はともかくとして(笑)。

つい半月前まで存在さえ知らなかった映画だが、なかなか面白かった。

ストーリー的には「大政奉還」の1ヶ月後、薩長その他入り乱れた権力闘争が激化する中で、坂本竜馬の最後の数日間を描いたもの。土蔵にかくまわれた坂本竜馬(原田芳雄)が鬱憤をためながら、意見を異にする中岡慎太郎(石橋蓮司)に斬りかかられたり薩摩の刺客を返り討ちにしたり隣家の怪しげな女(中川梨絵)へ夜ばいをかけたり女装姿で抜け出して「ええじゃないか」の行列に紛れ込んだり……といった、せわしない日々が描かれる。

幕末の権力闘争といっても、「日本の夜明け」だの「近代化」だのといった維新ものにありがちな前向きな位置づけではなく、革命騒ぎがピークに達した際の「内ゲバ」として描いているのがこの映画の特徴。薩長土佐の志士の多くは背筋を伸ばして頭でっかちな理屈をこねながら、その実権力のためには闇夜で同志を粛正することも辞さない冷徹な闘士であり、彼らが互いに振り回す刀はまるでゲバ棒のごとき陰惨な武器なのだ。

従って映画は全体として、ザラザラした質感に仕上げたモノクロ映像の効果もあって、殺伐とした雰囲気となっている。むごい殺戮シーンも多い。まあ、確かに明治維新というのは歴史上輝かしい革命ではあるのかもしれないけど、実際には無数の志士の屍(その多くは同じ志士によって殺された)の上に成り立っているのも間違いない事実であって、こういう描き方はそれこそ司馬遼太郎的な英雄譚に比べても説得力あるよな、と思った。

考えてみれば坂本竜馬だって、仮に近江屋での襲撃を生き延びていたとしても、その後行き詰まりに直面したのはおそらく間違いないのだ。革命というのはそれまでの価値を転倒させるある種の破壊行為であって、大抵の場合「革命中」に役立つ人間と、再び価値を安定させるべき「革命後」に必要とされる人間は別ものだから。映画の後半、竜馬がしばしば見せる焦りの表情は、まさに「革命の終わりを迎えつつある革命家」のものではないか。

『竜馬暗殺』が撮られたのは1974年(僕が生まれた年だな)。60年代後半にピークを迎えた全共闘運動も70年代に入って連合赤軍事件や内ゲバの頻発などで崩壊し、おまけに第4次中東戦争→石油ショックの発生。まさに日本における左翼革命幻想が消え失せようとしていた頃だろう。そういう時代にこのような「当事者目線で見た革命」を扱う映画が撮られたのは、決して偶然ではない。映画ってのはつくづく時代の写し鏡なんである。

もっともこの作品、陰惨な抗争史を描きながらもその中にユーモラスな描写を織り交ぜているのが興味深いところ。特に竜馬と中岡の殺し合い(常に未遂に終わる)は間が絶妙で、掛け合い漫才というかルパンと銭形というか。彼らと刺客の少年(松田優作!)が女装姿で延々逃亡し、舶来のカメラで記念撮影までしちゃうシーンは実に微笑ましく……それでいて、3人ともラストで殺されるからまた虚しさがひとしおなんだけどね。わかっていても愕然、という。

個人的には、一本道に爽快だったりお涙ちょうだいだったり風刺的だったりするよりも、こういう様々な要素が入り交じる「ひと言では感想を言いがたい」方が、映画らしい映画のような気がして好ましく思う。あくまで個人的な好みの範囲かもしれんけど。「完」の文字が出た後もしばし画面を見つめてしまう感じ、かな。まあお薦めの一本です。
 

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コメント

この映画は観たことないのですが
ちょうど森達也の夜の映画学校で
黒木和雄監督との対談を読んでいました。

役者を信用しないとか、
映画はシナリオとキャスティングで80%と完成するとか
映画に対して冷めているといいながらも
実は確固たる映画哲学がある人ですよね。

色々な解釈をしようとする森達也を
一刀両断しつつも、なんとなく戦略というか
無防備のようでいて懐刀を持っているような迫力を感じました。

東京電力のPR映画「海壁」。
実は批評的な映画ではという森達也に対し
偉業を賛美するために作ったという黒木和雄。
実際に観て、自分はどう感じるのかな。。。

>映画に対して冷めているといいながらも
>実は確固たる映画哲学がある人ですよね。
私も黒木さんの作品はこの映画しか観てないのですが、とても冷めてるようには思えなかったなあ。むしろ、muraminexさんのおっしゃるとおり、どこか「これが映画」という確信をもってやっているように見えました。

『竜馬暗殺』も一度観てみてくださいな。

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