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2008年02月05日

●「展開、接近、連続」と「接近、展開、連続」

先々週のチリ戦、そしてボスニア・ヘルツェゴビナ戦と、岡ちゃんが監督に復帰しオシム爺さんも皆の前に姿を現して、とうとう08年の日本代表キャンペーンが始まった。まあ、当然のことながら船出直後だけに不明瞭な部分も大きいのだが、やたら取り上げられているのは「接近、展開、連続」という言葉である。スポーツ新聞の報道によれば、岡田監督が同じ早稲田出身の故・大西鐵之祐さんのラグビー理論から引用したものだという。

前にも書いたとおり、ラグビーファンとしては大西さんの名前やその理論の一端が紹介されることは素直に嬉しい。ただ、同時に、それをそのままの形でサッカーに当てはめることについては、正直首を傾げる部分がないではない。それは、まず第一にサッカーとラグビーの競技特性の違いに発するものであり、続いて「日本人の優位性」をどう認識するかの問題でもある。
 
 
まず、大西鐵之祐さんの「展開、接近、連続」について。

これは、他の球技に比べて激しい肉体的接触が頻発するラグビーにおいて、小柄で俊敏な日本人がどう戦っていくか、という問題意識に由来する戦法だ。時代を問わず、密集プレイや一対一のぶつかり合いにおいて体格や体重に恵まれない日本チームは、程度の差はあれ欧州や南半球の強豪に対して「力負け」するのが通例である。その状況を打破すべく、大西さん(及び背景としてのワセダの伝統)が編み出したのがこの方法論。

まずは「展開」。密集で無駄な消耗をせぬよう「ショートラインアウト」や「ダイレクトフッキング」といった緻密な(当時の)新戦法を駆使し、早く速く外へ開いてDFラインを引き延ばす。で、スペースを作ったところでパスの出し手と受け手が微妙な動きの工夫をしながらDFの隙間に滑り込んでいく。正面から「当たる」のではなく、あくまで「ずらし」て、接触するにしても相手にフルパワーを発揮させないのがミソ。これが「接近」。

ラグビーの攻防は基本的に攻撃ラインと防御ラインのせめぎ合いだから、一旦ラインの裏に出てしまえば小さかろうと何だろうと主導権を握ることはできるのだ。もちろん、相手のDFが強靱で、もしくはカバーリングや二線防御に遭って一度で突破しきれないことはある。その時は、鍛え上げられたフィジカル(これが大前提)を生かして繰り返し粘り強くチャレンジしていく、と。これでようやく「展開、接近、連続」のサイクルが完成する。

つまり、大西さんとしては「日本人は密集に強くない」という認識の下、ボールを速く動かすことでピッチ上に選手の密度の薄い状況をまず作り、そこで接近戦を繰り返し挑み続ける、という発想だったのだ(と思う)。「展開、接近、連続」の言葉の並びは伊達じゃない。そして、当時の大西ジャパンはこの理想にある程度近づくことに成功し、オールブラックスJrを撃破。さらにはイングランドをあと一歩まで追いつめて世界を驚かせたのだった。


一方、岡田監督の「接近、展開、連続」はどうだろう。

まだ発足して2ヶ月ほどのチームだけに、メディアを通しての監督の発言や練習のリポート、わずか2試合のテストマッチという限られた情報をもって語るのはいかにも時期尚早なのかもしれない。でも、まあ、あと2ヶ月もすればいつの間にか(それこそトルシエ時代の「ウェーブ」とかみたいに)「なかったこと」になっている可能性がなくはないとも思うので、このような興味深い題材は今のうちに語っておくのが吉と思われる(笑)。

まず、岡田監督としては、やはり日本選手は体格や馬力では劣っている反面、俊敏さや器用さ、生真面目さといった部分では優れている、という認識を持っているようだ。ここは大西さん、というより一般スポーツ界に流通している日本人観とのズレはなさそうである。よって、個人能力に頼るのではなく、日本人なりの間合いで、技巧とコンビネーションを生かした突破を図る、という抽象的な発想まではだいたい一緒になるだろう。

違いが出てくるのは、具体論における順序だ。岡田さんは日本選手の技術をかなり信頼しているらしく、密集でも技術やコンビプレーで突破を図り(「接近」)、そのまま行ければそれで良し、仮にDFが殺到してきたらスペースの生まれる外側ないし逆サイドへ「展開」する、というイメージが強調されているようだ。つまり「まず接近戦ありき」の発想であって、「まず展開から」の大西メソッドとは段取りが異なるように見えるのである。

同じく「小さくすばしっこい」日本人像から出発しているのに、こうした違い(密集での弱さ/強さの認識)が出てくるのは大変に興味深い。理由の一つには、肉弾戦の要素の強いラグビーに対して、サッカーは体よりもボールに対する働きかけが大きいことが挙げられるだろう。また、ラグビーの一次攻撃においてはDFは基本的に前方から来るのに対して、サッカーは多くの場合四方からの寄せを警戒しなければならないことも考慮すべきかもしれない。
 

いずれにせよ、岡田さんがキーワードとして用いている「接近、展開、連続」と、大西さんが掲げていた「展開、接近、連続」が似て非なるものであることは頭にとどめておきたい。

 
ま、聡明な岡田さんのことだから、そうした違いについてはおそらく理解しているのだろう。大西メソッドをそのまま採用するということではもちろんなくて、自分のやりたい(あるいは日本代表の目指すべき)サッカー像が岡田さんの頭の中にあって、それに当てはまる言葉を探していたら大西ジャパンの「展開」「接近」「連続」の3文字に行き当たって「これ使えるじゃん!」とかそんなことではないかな、と(笑)。あくまでキーワードとして。

ただ、ちょっと心配なのは(自分でこんなエントリーを書いておいてナンだが)、この「接近、展開、連続」なるキーワードがやや1人歩きし始めていることである。例えば、この記事。テストマッチでサイド攻撃がちょっと足りなかったから「そっちも意識しよう」と言っただけで「理想を捨てて」とか書かれちゃうんだもんなあ(笑)。岡ちゃんもさぞかしやりにくかろう。接近戦を生かすためのサイド展開、という意図も含んでいるはずなのにね。

考えてみれば、サッカーにおいて攻撃時に中央突破とスペースへの展開を、守備時にプレッシングとリトリートを組み合わせる、なんてのは当然の事であって、スタイルによって重視・強調される部分は出てくるにせよ、あまりの偏りはチームの硬直化をもたらす。07年甲府の「接近」偏重、05年FC東京の「展開」偏重、とか。岡田さんもその辺を考慮しているからこそ、「接近」を強調しつつ「展開」も、という趣旨で3つの言葉を並べたのではないか。

まあ、とはいえ、僕個人としては、そもそもの前提となっている「日本人は技術が高いから狭いスペースでの接近戦に強いはずだ」という考えからして少々アヤしいと思わないでもないのだけれど……。海外の強豪国における「相手のDFが間近にいる状況」での体の使い方や足下の技術なんかを見てると、本当にそういった局面で日本選手が優れていると言えるのかどうか。ま、ここら辺は一回突き詰めてみる価値はあるのかもしれない。
 
 
ともかく、「岡田ジャパン」が発足してまだ2ヶ月。岡田さんの唱える「接近、展開、連続」がどのような形で表れてどのような結果をもたらすのか、サッカーファンとしての僕にとってもラグビーファンとしての僕にとっても、非常に興味深いことだけは確かなのである。まずはタイ戦、か。


[追記]
ちなみに、スポーツライターの藤島大さん(大西鐵之祐さんの伝記を書いたお人)は97年W杯予選の時には既に「早稲田OBとしての岡田武史」に注目し、早稲田関係者への取材をベースに、代表監督代行として多大な批判にさらされていた岡田さんを擁護する記事を書いていた。その後も基本的に好意的なスタンスから「サッカーマガジン」等で岡田さんへのインタビューを行ったりしているとか。

その書きっぷりを目にした濃尾平野在住「フットボール二毛作」仲間のクロゴマさんは「藤島さんは岡田さんを大西鐵之祐さんと重ね合わせているのでは」との仮説を立て、昨年10月にどこぞのラグビー場で藤島さんにサインをもらった際にたずねてみたそうだ。「そんなことはないんですけどねえ」との答えだったそうだが……つーか、10月(もちろんオシム爺が倒れる前)にその質問って、あんたは予言者か(笑)。
 

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未練、というよりは、「初期型岡田ジャパン」の葬送? または流産間近の『接近・展開・連続』理論の。 あんまり侮ってるとしっぺ返しを食う�... [Read More]

コメント

筆が踊ってますな。こんなに筆が踊ってるmurataさんは久方ぶりだw

>岡田さんの唱える「接近、展開、連続」がどのような形で表れてどのような結果をもたらすのか

これは興味津々ですよね。

>「日本人は技術が高いから狭いスペースでの接近戦に強いはずだ」という考えからして少々アヤしいと

確かに。イメージだと梶山的なヌルヌルキープからユウタ的なパスが出るって感じかな。
この両立ってかなりハイレベルだよね。

まぁ、岡ちゃんも日本人に適したサッカーを目指していて、
そのお手本に日本人に適したラグビーを実現させた大西さんからヒントを得ようとしているレベルで、
まだ具体的な構想レベルまではいってないかもね。

まずはタイ戦に注目ですね。

いや、まあ、サッカー日本代表に関係して大西鐵之祐さんの話題なんて、これ以上はないくらい「語りたい」シチュエーションだから。

今回はまだ「さわり」ということで(笑)。

>この「接近、展開、連続」なるキーワードがやや1人歩きし始めていることである。

同感です。

マスメディアがよく理解もせずに、言葉だけ使っている状況に違和感を感じますね。

ラグビー、サッカーであれ、接点で勝てない時点で理論も糞もないのですが。

10年前ならいざしらず、今の岡田監督なら、理想のサッカーを貫いて負けるより、まずは勝利優先とはっきり選手に伝えると思います。

マスコミは、あるチームを特定の型を押し付けて報道しがち。(その方が楽だし、受け手の理解を得やすい。)

でも、現実には相手がいるので、いつも自分の思い通りにプレイ出来る訳ではない。

勝てば何でもよし、とは言いませんが、予選敗退すればチームが解散する代表は、勝利が必須。

あまり、岡田監督のマスコミ用キャッチフレーズに惑わされずに、自分の目で岡田サッカーを見てみたいと思います。

面白いわ。もったいない。このままお金がとれる記事だわ。これ下敷きに書くプロ、出てきそうよね(笑)

我が家では「接近、展開、連続」はナンパのようだと。「展開」「接近」「連続」のほうが成功しそうだが。

面白いですねー。
お恥ずかしい話ですが、大西理論を接近・展開の順で覚えていました。ネットで見る限り、けっこう誤記として流布しているような…
さすがに岡田氏が間違えて記憶していたというオチはないかとは思いますが。
語順、重要なのですね。

若干意見をば。
せっかくのBLOGの特質からして、ラグビーとサッカーの違いから説き起こして欲しい。
たとえばオフサイドルールを改訂して、肉体接触を大きく減らしたところにサッカーの特徴があり、接近戦における肉体的強度の差はラグビーに比べると出にくいですよね。
いきなり大西・岡田両氏の日本人観の差異を読み取ってよいものか。

あと身も蓋もないですが、やはり岡田氏のフレーズは、サッカーの常識的な一戦術を、年輩の人やライトなファンにもわかりやすく、しかも「日本化」というお題目に適合的に述べただけのものでしょう。
(勘ぐると、早稲田閥のイメージ悪化に対するささやかな反抗の意味もあったりして…)

あくまでコアなファン以外の層への広報戦略、メディア戦略の範疇であって、岡田氏の哲学の分析に本当に使えるのか。遊びとしては面白いですが。

メディア戦略、早稲田の位置といった点からも比較して、ぜひ続編を書いてほしいですね。

今の日本には「接近、連続、展開」よりも「前へ」が必要なのではないでしょうか?

最近の藤島大は、「日本人」に溺れないように最新の注意を払っているはずだが、
岡田武史の場合、やや懸念がある。

ようは、日本人の優位性をうまく利用して世界へ挑んでいくという考え方を岡ちゃんは参考にしたというわけだ。

「接近」はディフェンス時のことだと思ってました。相手に自由を与えないディフェンス=接近

どうも皆さま、コメントありがとうございます。

私としては、
○ 同じ「展開」「接近」「連続」の3つの言葉を並べながらも、岡田さんと大西さんではニュアンスが違っている部分がある
○ 同じような日本人観から出発しながら、サッカーとラグビーの競技特性の違いから強み/弱みの認識が異なるようになったことの興味深さ
という部分を強調したかったので上のようなエントリーとなったのですが、いささか突っ込み不足のところはあったかもしれませんね。

「接近、展開、連続」については、確かに岡田さんのマスコミに対する一種の「撒き餌」であるような気もするのですが、しかしそれが1人歩きして岡田さん自身を苦しめることにもなりかねず、どうも聡明な彼が単なる「キャッチーだから」ということでその言葉を使ったとは思いかねるところがあるのです。

あと、岡田さんは勝利至上の現実主義者と見られがちですが、03年や06年シーズンの出発地点においては案外理想を前面に出したスタイルだったような記憶もあります。し、そもそも単なる「撒き餌」として大西さんの言葉を持ち出したとするならば、ラグビーファンとしてはちょっとムカつくかも(笑)。表層的でいて意外と深い部分につながっているのかもしれませんよ。

ちなみに、「展開」「接近」「連続」の言葉の並びですが、これは大西さん自身も時期によって使い方が異なったりして、必ずしも私の並べ方が唯一の正解ではありません。ただ、その発想を一番きれいに表しているのは「展開、接近、連続」の並びではないかと私は理解しています。

いずれにせよ、私としては、個別の言葉の使い方や方法論の妥当性はともかく、「日本人の特性を生かして勝負する」という考え方自体は支持したいと思いますが。

夜分遅くにすみません。 預言者です。( ̄ー ̄)ニヤリ
藤島さんに質問したのは11月3日の事ですよ(笑)。

また図々しく連続して藤島さんに接近して話を展開させてみます(笑)。

岡田監督から大西先生の言葉があっさりと出てきてかなり拍子抜け(苦笑)。
さらに標語が一人歩きして、半ば白けております。

でも大西先生のそれは魔法じゃないし、ひとつの方法論として捉えた方が無難かと?

それよりも、とっかかりで宿沢氏の『テストマッチ』をサッカーファンにも読んでいただくと宜しいかと?

故人の宿沢氏が口にされた言葉で、『こうあるべき』派と『こうするべき』派…
日本は自ずと後者になります。
予選敗退したらお終いですが、岡ちゃんは先を見据え本大会に向けての『こうするべき』を模索し創り出そうとしていると私は勝手に解釈しております(笑)。

初めまして。
ラグビーファンからの豆情報です。
「展開・接近・連続」の順番についてですが、接近プレーの体現者である横井章氏などは「接近・展開・連続」と、まずは「接近」ありき、と主張しています。何人かの早稲田OBの口からも、この順で聞きました。私のような素人には、確かに「展開・接近・連続」の方が大西さんの意図が分かりやすいです。実は、横井さんから直接お話を伺ったことがありますが、「接近・展開・連続」の順にこだわる真意を理解しきれませんでした。監督の意図と、選手の理解の仕方が違っても、結果オーライだったのかもしれません。

>matagiさん
はじめまして。
大変に興味深いお話だと思います。おそらく、チーム全体をプランニングする監督の立場と、個別の局面で実践する選手の立場の違いなんでしょうね。いずれにせよ、大事なのは「機能する」ことなので、そういう「自分なりの」消化の仕方ができた(そして戦術を最高の形で実践して見せた)という事実もまた、横井さんがとてもいい選手であったことの証左かもしれません。

にぎわってますね。
サッカーファンにも大西先生の名前が知れ渡ったのはうれしいですね。

参考として朝日新聞の記者さんのコラムを紹介しますね。
こちらは帝京ー筑波というバリバリのサッカーエリートの書いたもの。

http://www.asahi.com/sports/column/TKY200801300175.html

こちらは国学院久我山ー早稲田というバリバリのラグビーエリート(っていうか大西さんに指導を受けていたと経歴に書いてあるし)が書いたもの。

http://www.asahi.com/sports/column/TKY200801280162.html

味わい深いですよ。

関塚ジャパンの2010アジア大会中国の戦い方は
「接近」「展開」「連続」を実現しているんじゃないでしょうか。


 高い位置でボールを奪い数的優位を創りだす「接近」「展開」「連続」は横井さんの感覚と近いと思います。

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