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2008年01月14日

●『戦ふ兵隊』

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シネセゾン渋谷で亀井文夫監督『戦ふ兵隊』を観た。日中戦争中の1939年、武漢攻略作戦に従軍して撮影された伝説のドキュメンタリー映画で、今回は雑誌「Esquire」のイベント「進化する、映画×リアリティ。」の中で特別上映されたもの。1970年代まではフィルムが見つからず「失われた映画」となっていたと耳にし、そんな貴重なものを見逃すわけにはいかんと、休日の午前中から足を運んだ(と思ったら、DVD出てるのか)。


この映画、陸軍の後援で撮影されたにも関わらず上映禁止処分をくらったそうである。そりゃそうだろう、と思う。だって、いきなり冒頭で映るのが、家を焼かれて難民となった中国の人々なんだもの。その後も、疲れ果てた兵隊たちの姿に、貧弱な兵器、乏しい食料と水、果てしなく続く行軍、戦死者の墓標と家族からの手紙、荒廃しきった武漢の街。もしこれをそのまま上映させたとしたら、そりゃ当時の公安当局は怠慢を問われたに違いない。

とにかくわかりやすいメタファーに満ちた映画である。荒れ果てた日本軍の陣地跡を中国の農民が耕して再生させる場面。置き去りにされた病馬が力尽きて崩れ落ちる姿。無人の廃墟となった武漢での祝勝会。いかにも「やらせ」っぽい、マヌケさに満ちた作戦指揮所の様子。ラスト前、細々とした日本軍の行進が果てしなく広がる荒野に飲み込まれていくシーン……。やっちゃいけなかった、決して勝てない、無益で無惨な戦争の姿。

そうして「反戦的」な要素を並べてしまうと「ただの反戦映画」のように思えてしまうのだが、この作品が凄いのは、陸軍の戦意高揚の意図の下に作られ、従ってそれらしい勇ましい字幕が付けられているにも関わらず、伝わってくるメッセージは間逆のものだということである。つまり、映像と編集の力が文字や現場の制約条件を完全に凌駕したということ。メッセージへの賛否は置くとしても、ドキュメンタリーとして傑作なのは間違いない。

また、確かに「反戦的」ではありながら、映像を観る限りそれは左翼イデオロギー云々によるものではなく、亀井監督個人の良心やヒューマニズムに依拠しているように思えるのが良い。「大義」よりも「生活」への、組織としての「軍隊」よりも人間としての「兵士」「民衆」へのシンパシー、という感じ。今観ても内容的に古びていないのはおそらくそのためだろう。冗談抜きで、アメリカのイラク占領だって似たような悲惨さに満ちているに違いないのだ。

まあ、そんな亀井監督は案の定というか、治安維持法で逮捕されて戦後までは不遇の時期を過ごしたそうで……個人的には、やはりそういう表現を許容できない狭量さこそがあの時代の最も深刻な問題であり、その問題は現代にもかなり持ち越されているのではないかと思う。この『戦ふ兵隊』、作品と監督のたどった運命も含め、常に見直され続けてほしい作品である。


ちなみに、上映後のトークショーで井土紀州さんがこんな事を言っていた。「『戦ふ兵隊』は確かにいい作品だけど、これだけじゃ駄目かもしれない。もっと当時のイケイケのお馬鹿な、それこそ今見直したら中国や韓国に千年恨まれてもしょうがねえな、と思ってしまうような戦意高揚映画を見返すことも必要かもしれない」と。全く同感……と思ったのだが、やはり亀井監督が国策映画をモンタージュした『日本の悲劇』という作品があるらしい。うーむ、これも観たい。

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コメント

はじめまして。いつも楽しく拝見しております。
戦中の戦意高揚映画については大変興味がありましたが、『陸軍』(木下恵介監督)以外実際に見た事が無かったので、この作品に強く興味を持ちました。
イデオロギーや宗教心ではなく、ヒューマニズムによる反戦(上記木下監督も同じですが)が、同時代の精神として素晴らしいことだと思っています。
こういう作品をきちんと評価して、見る事が出来る時代に生きている我々は、とても幸せですね。

>ryoakasakaさん
はじめまして。コメントありがとうございます。

私も、国策映画と言えば戦意高揚バリバリのナレーションの入ったニュース映画(の断片)くらいしか見たことなかったんですけど、今回『戦ふ兵隊』のヒューマニズムに裏打ちされた叙情溢れる美しい映像を目の当たりにして「あの時代にこんな映画を撮ることのできる人がいたのか!」と驚いた次第です。

今調べてみたら、木下監督の『陸軍』も、同じようにヒューマンな作家性が見事に表現されている映画のようですね。こちらもぜひ観てみたい……凄い人たちがいたものです。

http://www.geocities.jp/nada123jp/film.book.15.html

>こういう作品をきちんと評価して、見る事が出来る時代に生きている我々は、
>とても幸せですね。
強く、強く同意します。まったくその通りです!

度々すみません。自分のブログで紹介させてもらいました。うまくトラバできなかったようなので、一言コメントしておきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/ryoakasaka/13238434.html

はじめまして。natunohi69と申します。
『戦ふ兵隊』がお気にめしたなら、ぜひ、亀井監督の『上海』もご覧ください。1938年に、こんな映画をよく作って上映させたものか、と感心します。
岩波新書の亀井文夫著『たたかう映画』には<映画館内が、すすり泣きでいっぱいになり、「戦意昂揚」には、あまり役立たない映画だったらしい。>とあります。
これを見たら、上海は日本兵の墓場としか思えないですものね。

>natunohi69さん
ありがとうございます。『上海』、DVDも出ているようですね。ぜひ観てみようと思います!!