« 「我慢」のレベルが違う (ブラックバーン×チェルシー) | メイン | 温情東京(泣)? »

2006年08月29日

●『1974 フットボールオデッセイ』

4575298859.01._SCMZZZZZZZ_V54499935_
西部謙司著『1974 フットボールオデッセイ』(双葉社)読了。今やサッカーの歴史において伝説となった感のある、74年W杯決勝西ドイツ×オランダ戦。その試合で対決した両チームの「スター」たちの人となりや経歴を、色々な意味で転回点を迎えていた当時のサッカー界の状況にも言及しつつ、小説の形式をとってドラマティックに描き出した本である。

読んだ感想は、とにかく「面白かった」の一言に尽きる。筆者曰く「起こった出来事については、ほぼ事実」「人物造型に関しては9割方フィクション」だそうだが、主要人物の振る舞いや言動はいかにもそれらしく、生き生きと「作られている」。もちろん、小説であるがゆえに描写の臨場感(特に決勝の序盤と主人公格フォクツの登場時!)はノンフィクションとは比べものにならない。エンターテイメントとして、非常に高いレベルの一冊に仕上がっている。

まあ、事実と異なる(かもしれない)脚色と言ってしまえばそれまでで、選手たちの内なる思いや試合中の会話なんて、創造(あるいは想像)の産物としか言いようがないわな。ただ、フォクツ=「闘志の塊」、クライフ=「カミソリ型の天才」、バイスバイラー=「最高に頼れるオッサン」といった人物造型や、下手くそリフティングでゴールポストを壊すフォクツといったエピソードの数々には、古いファンも「あー、そうだそうだ」と頷きそうな気がするのだが。

そもそも、そうした脚色の題材となる事自体が、当時のスターたちがいかに個性的であったかという証左でもあるのだ。フォクツ、ネッツァー、バイスバイラー、クライフ、ベッケンバウアー、etc……。今と比べるのは難しいけど、少なくともこれだけ規格外の選手や指導者が活躍していた70年代欧州は「豊かな時代」だったのだろう。西部さんもノリノリで書いた様子で、バイスバイラーの訛り(「~かえ?」って、「0-0」かよ(笑))など、行きすぎた描写もとても楽しい。

特に印象に残ったのは、ベッケンバウアーの野獣性と、フォクツが試合中ふざけた喋りでマーク相手を苛つかせる場面だろうか。ベッケンバウアーについては先日W杯中に「21も年の離れた女性と3度目の結婚」「5人目の子供の誕生間近」という話に驚いたばかりだが、この本を読んで納得。「夜も皇帝」ってか(笑)。フォクツの方は、00年のJ1開幕戦で小池が俊輔を粘着マークした時の話を思い出した。「うまいねー!キミ、名前なんて言うの?」(笑)。

と、そんな感じの佳作なのだが、一つ難癖をつけるとすれば、逸話の集積に走りすぎて「なぜ74年W杯の決勝が伝説なのか」という部分(筆者の言うところの「天下分け目」性)を語り切れていないところか。トータル・フットボールの意義を説明するくだりはあるし、出場選手が凄い連中だというのは良くわかるんだけど、「なぜこの試合が」という部分については舌足らずかも。まあ、これだけの「物語」を紡ぐきっかけになった試合だから、ということなのかな。

ともあれ、僕のような「80年代半ば以降の」サッカーファンにとっても十分に楽しめる本であるのは間違いない。センチメンタルな物語を楽しみたい人にも、当時のサッカーを「勉強」したい人にも、フォクツに小峯やペルーを重ねて懐かしみたいオッサン東京ファンにも(笑)、ぜひお薦めしたい一冊。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://umanen.org/mt/mt-tb.cgi/2070

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)