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2006年03月16日

●『悪役レスラーは笑う』

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森達也著『悪役レスラーは笑う -「卑劣なジャップ」グレート東郷-』(岩波新書)読了。50~60年代に日米のプロレス界を股にかけ、数々の悪辣ファイトで名を馳せた希代の悪役レスラーかつ伝説のプロモーター・グレート東郷。その謎に包まれた生涯とアイデンティティーの「秘密」を孤高のドキュメンタリー作家が追いかける。

この本のテーマは大きく分けて2つ。1つ目は、複雑で錯綜するナショナリズムについて。戦後のマット界の英雄・力道山は大和魂を叫びながらも実は在日一世であり、彼と固い友情を結んだグレート東郷も母親が中華系であるが故に在米日系社会から差別を受けた生い立ちを持つ(と言われていた)。そんな事ととは露知らず、彼らの活躍に喝采した日本人。なるほどその歪んだ構図はまことに興味深く、そこから現代日本の偏狭な排外「愛国」主義の高まりに思いを馳せ、ため息をつくのはいつもの森テイストである。

そして、もう1つのテーマは、虚実の曖昧さについて、である。個人的にはこちらの方により魅力を感じた。ヤオガチ論争なんてものがあるように、プロレスというジャンルは虚実の曖昧さを常に内包しており、そこにこそ真の魅力がある。「あらかじめ勝者が決まっている真剣勝負」とか、時と場合によって入れ替わるヒールとベビーフェイスの役回りとか。そんな世界において、悪役でありながらマット界の大功労者、生い立ちや内面については徹底して隠し通し、度々不可解な行動に出たグレート東郷こそは、まさにプロレス的人間。全てがフェイクであり、実体がどこにあるのかわからない存在。

森さんも、最初こそ東郷に関する「秘密」を順調に解き明かしていくのだけれど、本の後半になると証人1人1人の言い分がバラバラに食い違い、取材を進めれば進めるほど訳が分からなくなってしまう。特に、グレート草津の「あの人、韓国だからね」という一言で、それまで積み重ねた事実関係がひっくり返って森さんが言葉を失うシーンは印象的。東郷は日本人だったのか韓国人だったのか中国人だったのか、そして「守銭奴」だったのか合理的で良き人だったのか……判然としないままにこのノンフィクションは幕を閉じてしまう。

おそらく、この、東郷という人に関しては、「そういうこと」なんだろう。変な言い方だが、彼の素性が判明しなかったからこそ、僕は逆に納得した。「わからない」人であるということ、つまり「他人にわからせない」人であるということこそが、(少なくともプロレスラーとしての)グレート東郷の本質。プロレス的な人間というのはそういうものであり、それをわかりやすく手頃な枠組に落とし込んだからといって、多分何も得られやしないのだ。わからないままを是としたこの本を、僕もまた是としたいと思う。不明瞭あるいは不可解の魅力、というやつだろうか。うん。

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