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2005年12月07日

●『ドキュメンタリーは嘘をつく』

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『ドキュメンタリーは嘘をつく』(草思社)読了。傑作ドキュメンタリー『A』『A2』等の監督として知られる森達也さんが、ズバリ「ドキュメンタリーとは何か」「表現とはいかなる行為であるか」を突き詰めた連作エッセイ。日本有数の個性派映像作家たる森さんらしく、豊富な体験・エピソードを交えつつ、思慮深く、しかし頑固に自らの信念を綴っている。

 
ドキュメンタリーは事実の客観的記録などではない。編集や演出、撮影スタッフや機材の存在感。あらゆる観点からして、それはまさしく表現行為である。「不偏不党」や「客観公正」などは幻想に過ぎない。優れたドキュメンタリーは、公正や中立を意識すべきジャーナリズムとも、大きな思想・イズムに従属する啓蒙映画とも異なり、あくまで個人の主観や被写体との関係性を前面に出すものなのである。

しかし、現在のマスメディアにおいてはそれは理解されず、情報化の波にも乗って、モザイクの多用や放送禁止歌といった自主規制(実は共同幻想に基づいた他主規制)、そして「わかりやすさ」の名を借りた事象の単純化・二項対立化が跋扈し、社会の思考停止とヒステリー化を促進している。問題なのは、その流れの中で表現を担うべき人々に葛藤や煩悶がないこと。表現というエゴに満ちた行為について目を逸らさず自覚し、安易な結論ではなく曖昧だが豊潤な世界を追い求めるべきだ。


……趣旨を要約すると、以上のようになるだろうか。全くもって同感、その通りだと思う。「どう考えてもドキュメンタリーとフィクションの境目はない」のである。「フィクションとしてのノンフィクション」については、いわゆる「ヤラセ」を持ち出すまでもなく、感づく人は感づいているに違いない。では、「ノンフィクションとしてのフィクション」は?これについては、60年代後半以降のゴダールの諸作、例えば『中国女』や『ワンプラスワン』を観ることをお勧めする。ある種の劇映画とは、「演技者とスタッフ及びその周辺」のドキュメンタリーだということがよく分かるだろう。

この本の中で最も同意(あるいは共感)できるのは、無自覚な(善意の)行動こそが恐るべき事態をもたらす、ということが強調されている部分だろうか。アメリカ合衆国(正義の軍隊!)にせよ日本のマスメディア(局アナや御用タレントの屈託のない表情を見よ)にせよ、自分が何をやっているのかわからないままに人を追いつめ、時には死に追いやってるんだよね。これは救いがたい。もちろん筆者も書いているように、自覚したから許される、というものでもないのだけれど、でもやっぱり悩んでほしい。同じ人であるからには。僕もそう思う。

あえて首を捻ってしまうところを挙げると、マイケル・ムーア作品に対する低評価を強調しすぎているところかな。確かにムーア作品のドキュメンタリーとしての欠陥については「なるほど」と思わされるのだけど、そもそもあれはムーア自身も述べているようにカウンター的な一種のプロパガンダ映画なんだし、ムーアは「広く観られなければ意味がない」方針なんだからあれはあれでアリだと思うんだけどね。ムーアは作家というより主張者だから。

他方、この本には、上記の「本筋」にとどまらない魅力もある。筆者は本来現場の人だけに、数々の体験談はかなりの面白さ。オウムに密着した『A』はもちろん、小人プロレスやグレート東郷、放送禁止歌、職業エスパー、動物実験、屠場その他諸々。題材からしてもう興味をそそられまくりではないか(残念ながら僕はほとんど観てないのだけれど)。極めつけは、次回作の候補に「天皇陛下」。「夫婦喧嘩とか風呂上がりに寛いでいる姿とか見たいでしょう?僕は見たい。だから撮りたい」。うーん、確かにすげー見たいかも(笑)。

まあ、何はともあれ、もっと観てみないと始まらないな、これは。ドキュメンタリー映画って、興味を引かれつつもちょっと重そうで敬遠しがちなところが僕にもあったのだけれど、これを読んじゃったら観ないわけにはいかないだろう、と。とりあえずアップリンクかポレポレ東中野にでも出かけてみますかね。


あ、ちなみに、このblogもいっぱい嘘をつきますから(笑)。気をつけて下さい。

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コメント

森達也さんの作品は活字になったものしか鑑賞したことがないので、
映像で観てみたいなぁと常々思っています。
森さんは映像作家ですからね。
『A』だけでなく、他のもDVD化して欲しいです。

そうですねえ。しかも近所のTSUTAYAには『A』も置いてないし(渋谷にはあるかな?)。

まあ、BOX東中野でやっている時とかに見に行けばいいんでしょうけどね。『A2』の時も気が重くなるのを恐れてついに足を運ばずじまいでした。映画ファンがこういう体たらくだから、森さんも「活字の人」になっちゃうのかな。

真面目に、ポツポツとでもドキュメンタリーを観ようかな、という気になっています。

『ドキュメンタリーは嘘をつく』
読まさせていただきました。
「価値観の多様化」と「パラダイム転換」で
大いに盛り上がれるこの一冊。
ちょっと理屈っぽいヤツに、アマゾンから
クリスマスプレゼントしてみました。
何というのやら・・・。
で、お勧めのドキュメンタリー映画はこちら↓
「モンドヴィーノ」
http://www.mondovino.jp/
ワインの映画です。
この映画は好き嫌いがはっきりとします。
ウォーカープラスでは3点を付ける人がいません。
http://www.walkerplus.com/tokyo/latestmovie/mo3780.html
ワインに興味ない方、「おフランス」のドキュメンタリーがだめな方には、絶対!お勧めしません。

>「モンドヴィーノ」
あ、ホントだ。3点がいないや…。母数がどれだけの数なのかはわからないですけど、確かにはっきりしてるんですね。
それを聞いて、ちょっと見たくなったな(笑)。アミューズCQNか…。時間があれば。

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