« 全日本女子サッカー選手権大会準決勝 | メイン | 『秋葉原・年の瀬の物語』 »

2005年12月26日

●『A』

B00009P68I.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_
DVDで『A』を見直してみた。孤高の映像作家・森達也監督の手による、オウム真理教密着ドキュメンタリー。一般マスコミのヒステリックなバッシング報道とは一線を画し、教団に限りなく近い位置から、しかし淡々と彼らの姿を追っている。僕自身の心境と世情の変化のせいだろうか、数年前に観た時よりも一層傑作に思えた。

周知の事かもしれないが、この作品はオウム真理教への断罪、という立場では作られていない。だが、かと言って「オウム擁護」の映画かというとそれも違う。確かに公安の不当逮捕を暴いたりはしているが、それは「たまたま映った」結果論に過ぎないし、オウム信者の世の中とズレた論理や異様な振る舞いなどもきちんと描かれている。あくまでものの見方は個人(森さん)発で、個人的な興味関心に従って撮った映像に世の中へのアンチテーゼとしての編集を加えて仕上げた、というところだろうか。

全体を貫くテーマは「人間としてのオウム信者」。取材は教団全体というよりも、「広報副部長・荒木浩とその周辺」を追う形になっており、そこで描かれる彼らの姿は実に人間らしい。特に荒木浩は被写体として実に魅力的だ。「この世界とオウム」について笑顔を交えながら訥々と語る荒木、記者会見で暴走する麻原の娘に頭を抱える荒木、信者不当逮捕の現場で「なさけない!」と警官をなじる荒木、そしてラストで、数年ぶりの帰省先で祖母に向かって名残惜しそうに手を振る荒木。どう見ても彼は1人の普通の(むしろまっとうな)青年である。当たり前の事だが、実は彼らは僕たちと同じ、なのだ。

もう一つ観ていて気づくのは、作者の、目前の現象に対する、さらには世界全体に対する、愛のある視線である。映画のヤマ場である信者不当逮捕(あからさまな「転び公妨」)のおぞましい場面の直前に、あえてメロウな「グッドナイト・ベイビー」を流したのもその現れだろう。世の中の醜さも不合理も、決して見過ごしはしないけれども、でもそれらを含めて「僕たちの世界」なのだ、とでも言いたげな。「汚い社会」から逃れようとするオウムや、「汚いオウム」を駆除しようとする社会。そのいずれにも与しないという決意。この姿勢には深く共感する。切り捨てるだけじゃ、解決の糸口さえもつかめない。

繰り返しになるが、日本や、日本と近しい国の世の中がどんどんヒステリックな偏見に満たされつつある昨今、このような作品の価値は上がりこそすれ決して下がることはない。「あれから10年後」の今だからこそ、見えてくるものもあるだろうし、忘れてしまっていることもあるだろう。疑いなく、皆に薦めたい映画である。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://umanen.org/mt/mt-tb.cgi/476

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)