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2006年06月24日

●「規律」と「自由」、「決まり事」と「判断」は両立する。いや、両立せざるを得ない。

『「トルシエ」か「ジーコ」か 不毛な二項対立』 (うまねんWEB)
 
 
なんか、川淵キャプテソがW杯の総括もなしに自己正当化に走っているようなので、参考までに2年半前に書いたコラムを再掲しておきます。

結論。「規律」と「自由」、「決まり事」と「判断」は両立する。いや、両立せざるを得ない。不毛な二項対立思考はとっとと放棄されるべきなのだ。そして、この事を全く理解しない(理解しようともしない)者は高いレベルのサッカーチームを指導するコーチとして適格ではない。このまま手をこまねいて「何もしない」のならば、ジーコは日本代表監督の座を降りるべきだ。僕はそう思う。

いいこと書いてたんだなあ、我ながら(笑)。その後アジアカップとコンフェデの健闘を見て、ジーコ批判についてはフリーズしてしまったのが悔やまれる。

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コメント

どうもはじめまして。
一見変なblogをやっているものです。
普段は、小滝橋通りの食い物情報楽しく拝見してます。

今回は食い物ではなく、
>「規律」と「自由」、「決まり事」と「判断」は両立する。・・・・・・・・・二項対立

その他には、この前のエントリーで
>。「自発性中心」「ジーコの路線」って……なんかおかしくないっスか?
>トルシエへのアンチテーゼ・・・

このようなキーワードを見て、面白いな!私とは表現してるワードが違えど、中身は似てるのかな??と思いコメントさせていただきました。

日本人は、二項対立は説明しやすいので好きなのはわかるがね・・・といった感じです。

特に反論というわけでもないので面白みにかけるコメントになってしまいましたが、ちょっくら私の変なblogで紹介させていただきます。

どうもはじめまして。コメントありがとうございます。

ブログも拝見しました。おっしゃるとおり、いかに組織力を重視したとて、アメフトみたいなセットプレーの連続するスポーツならともかく、サッカーやラグビーのようなルースプレーが続く競技では「個人の判断」を迫られる場面が出てこざるを得ないのです。

別の言い方をすると、全てのプレーをパターン化することはできないということ。アメフトや野球でさえも、自動化されてない状況というのは現にあり得るのですから。

「個」か「組織」か、という問題の立て方自体がちょっと極論ですよね。

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