●『草競馬流浪記』
『草競馬流浪記』(新潮社)読了。競馬や将棋、野球などをこよなく愛した故・山口瞳さんが、昭和50年代後半に全国の公営地方競馬全27場(当時)を巡った旅の様子を綴っている本。4月の末にさる友人から借りていたのだが、結局読み通すのに1ヶ月以上かかってしまった。5月は忙しかったからなあ。仕事とか飲み会とか、あとジロとかジロとかジロとか…(笑)。
で、中身だが、紛れもない傑作であった。各回に詰まった愉しいエピソードと旅の情緒。やっぱり「競馬」(あるいは競艇、競輪、オート)と「旅」ってのは相性がいいんだね。どちらも非日常への跳躍もしくは異質なものとの接触によるカタルシス、そして自分を映し出す鏡となる点で共通しているからだろうか。別冊宝島シリーズで「ギャンブル旅打ち読本」という傑作もあったな。
山口瞳さんの文も気に入った。文章がムチャクチャ上手い、という感じではない。でも、真面目さとユーモアが絶妙の案配で織り交ぜられた、憎めない愛嬌のある文なんだな。「僕、~なんである」というちょっとおかしな言い回しも、僕、不思議と心地良く感じるのである。さすが直木賞作家というか、きっと、庶民に愛される作家さんだったのだろう。
そして何より、この本の長所は、作者の競馬に対する愛が溢れているところにある。当時も今も、公営競馬は華やかなJRAに対する日陰の存在であり、長い目で見れば「滅びゆくもの」。それを庇うでもなく実像を描きつつ、一方で暖かい目で見守り続ける。その達観と楽観のバランスが素晴らしい。やっぱりね、ひいきの引き倒しもいかんし、愛が欠けてもいかんのよ。
あと、僕としては、第1回目の笠松で21歳の安藤勝巳が「笠松の福永洋一」「天才型の美少年」として紹介されているのと、ホウヨウボーイ、モンテプリンス、ミスターシービーといったあたりの名前が出てくるのが「ほおーっ!」と感慨深かったりもした。この本の中には「昭和の競馬」が残っているのであった。そういう意味では、年季の入ったファンにも、最近競馬を見始めたファンにも、ともにお薦めの一冊。
ちなみに、巻末の座談会では27場完全踏破を「空前絶後」とまで語っており、確かにインターネットの普及などで情報が容易に入手できる最近と違って、当時これは本当にどエライことだったんだろうな、と思う。そういや、この本を僕に貸してくれた友人も、99年にFC東京全公式戦生観戦(平日昼間の韮崎含む)を達成したんだったな…。書いてて思い出した。いずれにせよ、間違いなくくアホ偉業である。