●『長い道』
『長い道』(双葉社)を読む。昨年度の文化庁メディア芸術祭大賞を受賞したこうの史代さんの、受賞作『夕凪の街 桜の国』に続く単行本。4年に渡る雑誌連載をまとめたものだとか。前作ほど大きなドラマ性がある訳ではないが、より身近で、より地に足のついた余韻と感動をもたらしてくれる良作。
女好きのごくつぶし・老松荘介の家にある日突然転がり込んできた若い女・道。「飲み屋で意気投合した親同士に決められた」2人のおかしなケッコンは、紆余曲折ありながらも日を重ねていって……と、いかにも「マンガっぽい」設定。それに奔放な表現手法が加わって、実に楽しい作品に仕上がっている。言葉のない世界、クロスワードパズル化した吹き出し、水鏡に映る世界、空に浮かぶ巨大なみかん、道をくるりと取り囲む綿帽子。まるでどこか架空の国のような、この世界の描き方。
しかし、そうしたファンタジックな表現を使いながら、一方で人と人との関係性については、現実の感情や感受性を織り込むのがこうのさんのいいところ。結婚を控えた昔の恋人に遭遇し、揺れる道の心。新しい恋に出会って家出し、逡巡したあげくに「2人の家」へ帰ってくる荘介。優しい絵で描かれるだけに、切なさもひとしおである。美しくも哀しい世界の中で僕たちは、偶然に翻弄されながら、何かを断念し、何かを大切に守りながら生きていく。人生も恋も、危なっかしく、一直線ではあり得ない。だからこそ素敵なんだ。
6ページ。夜中、浮気をごまかそうとする荘介に連れ出された道が、そんなこととはつゆ知らず、橋の上から街の様子を眺め、にっこり笑ってつぶやく場面。
「わたし あなたと結婚できて良かった」 「こんな夜中に一緒にさんぽしてくれる人がいるっていいわね」 「夜中でもちゃんと信号はともっているし」 「川は流れているのですね」
………。
言葉にすると恥ずかしいが、こういう本を読むとつくづく、生きているというのは素晴らしい、と思うのである。あなたがいるこの世界で、僕が生きていることが。本当に。