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2015年07月15日

●『戦場でワルツを』

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先日、DVDでアリ・フォルマン監督『戦場でワルツを』を観た。2008年に製作され、各国の映画祭で絶賛を浴びたイスラエル制作のドキュメンタリー映画である。


主人公は監督自身。レバノン内戦から約四半世紀、かつての従軍仲間から戦時中の体験に由来する悪夢について打ち明けられた監督は、自らも内戦中の「ある時期」の記憶を失っている事に思い当たる。監督は次々と従軍仲間を訪ねてインタビューし、当時の出来事を丹念にたどっていくのだが、ついに自らも身近に体験した虐殺事件の事実に行き当たって……。

つまり、これはレバノン内戦に介入したイスラエル兵士たちのPTSDについて扱った作品なのだ。レバノン内戦というのは宗教対立も絡んで市街戦で多くの一般市民が巻き添えになった地獄のような戦いで、従軍した兵士はいずれも心に傷を負ったり記憶そのものを拒否したりと、さながら70年代アメリカ合衆国にとっての「ベトナム」のような有様なのであった。

公開当時も話題になっていたけれど、この映画の特徴はアニメーションを駆使、というよりほぼ全編アニメで構成されているところだ。それも、二次元的ないわゆるアニメ絵や劇画調でもなく、描線はさほど細かくないのに微妙に写実的で妙なリアリティを感じる不思議な絵。で、このアニメ・ドキュメンタリーという手法が、この主題を描く上では実に効果的なんである。

元兵士たちが語る当時の出来事は民間人や犬の無差別殺害を含む酷いもので、実写にしたらおそらく凄惨すぎるか、作り物っぽくなるか、もしくは間接的な描写にせざるを得なかったことだろう。でも「リアルなアニメ」という手法をとることで真正面から描くことができた。これは、観客に真実を真正面から見せると同時に、実体験に向き合うために製作者自身にとっても必要なフィルターだったのではなかろうか。

もちろん「アニメにした事で事実の描写からは遠ざかっている」という見方もあり得るだろう。でも、この映画の場合は、事実といっても曖昧な記憶に基づく証言や断片的な映像等から再構成せざるを得ないわけで、むしろアニメという形で事件の枠線を明確にしたことは作家として誠実な態度だと僕には思えた。

しかし、こうして改めてレバノン内戦を振り返ってみると……まあ酷いもんだな、と。僕は中東の状況について単純な「イスラエル悪玉論」には乗りたくないのだが、でも現在の彼の国の強大すぎる軍事力が問題になっているのもまた確かなわけで、その先駆けがこの内戦への介入なんだよね。キリスト教系民兵の虐殺行為を、イスラエル軍が結果的に後押ししてしまった様子もこの映画ではきちんと描かれている。

映画の最後、数シーンだけ当時の実写映像が使われていて、これがまたとてつもなく痛々しいんだよね。特に最後のひとコマには思わず息を飲んでしまった(個人的には、実写はこの画だけで良かったと思う)。瓦礫に埋まって目を閉じた、年端もいかない可愛らしい女の子の顔……。

ただし、一方で忘れてはならないのは、このイスラエル軍の犯罪を真正面から告発する映画を作ったのもまたイスラエル人ということ。その事実も含めて、優れた、賞賛すべきドキュメンタリーだと僕は思った。もっと早く観ておけばよかったなあ。って、そんなこと思ってばっかりなんだけど(笑)。まあ、とにかくこれは観てよかった。


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