「トルシエ」か「ジーコ」か 不毛な二項対立


 先日行われたW杯1次予選対オマーン戦。「キャプテン」の八つ当たり的ファン批判とは裏腹に楽勝ムードなどは漂っていなかったと思うが、実際の試合で日本代表は予想をはるかに下回る低調なサッカーを披露。結果は「劇的な勝利」となったにも関わらずスタンドからは野次とブーイングが飛び、WEBサイトはもちろんマスメディア上でも厳しい戦評が飛び交うことになった。現代表の欠陥が明確に露呈したこの試合をきっかけに、これまでもくすぶっていた(というよりネット上ではむしろ多数派だった)ジーコ批判・監督解任論が一気に噴出してきた感がある。

 監督としてのジーコについては、欧州勢偏重のメンバー選考・国内試合の視察不足・リスク管理能力の欠如(病気で発熱しているメンバーも外さない!)等々問題点が山ほどあるのだが、未だジーコを擁護する人間もいるのだから世の中というのは全くもって懐が深い。もちろんそれをはるかに上回る量の罵声が飛んで各所で火花が散っている訳だが、彼の監督としての是非を巡る議論(というか擁護派の意見)の中で気になるのは、「トルシエ=規律(あるいは決まり事)」対「ジーコ=自由(あるいは判断力ないし創造性)」という図式がたびたび出てくることである。

 トルシエが規律重視の監督で、ジーコの(そして彼へ監督就任を依頼した川淵氏の)やろうとしているサッカーがそれへのアンチテーゼである、という見方には一理ある。チーム作りにおける「オートマティズム」の強調、ピッチ外での統制と選手への理不尽な仕打ち、そして自分を脅かす突出した存在を忌避する性格。トルシエの手法には確かに過剰と思われる部分も含まれていて、それが一部選手やマスコミ、ファンの反発を買ってしまったのだった。だから次に「選手の自主性」「自由な発想」をより重視する監督を連れてくること自体は、バランスをとるという意味ではさほどおかしいことではない。問題は、そうして選ばれたジーコ氏の個人的な資質についての冷静な考察抜きに、「トルシエががんじがらめに選手を縛るのはケシカラン」という意見が「だからジーコの自由を重視するサッカーが必要(ないし優れている)」という結論につながってしまう場合があることだ。そこには、論理の飛躍があるのではないかと思うのだ。トルシエは、確かにやや極端だったかもしれない。だが、ジーコの手法・理想も極端だ。僕たちは対極から対極へ飛ぶ必要があるのだろうか?

 これまでの報道・伝聞情報を総合する限り、ジーコの手法から彼のチーム作りに対する考えを推測してみると、以下のようになるだろうか。まずメンバーを固定する。そして放置する(笑)。紅白戦・練習試合の中で個々の選手が判断を繰り返すうち、隣接するポジションの(とも限らないのかもしれないが)2人の間で自然と連携が深まる、次に彼らと第3の選手との間でも連携が深まり、さらに第4者(ないし第2グループ)ともコンビネーションが合ってきて……。つまり、プレー時の判断とそれを受けた選手同士の自発的コミニュケーションにより、1→2→3→4→…→11とチームが出来上がってくる。それに平行して個々の選手の判断力自体も上がってくる……。まず、直感的にわかることだが、これは非常に時間のかかる作業だ。一年の大半を共に練習するクラブチームならいざ知らず、限られた時間内で世界中から選手を集めてくる代表チームにこの手法は適当か?答えは否だ。

 そしてそもそも、ここでは気安く抽象的に「連携が深まる」などと書いているが、人間の動作と判断には無限のバリエーションがある以上、「ボールをなるべく失わない」等のおおざっぱな指針しか与えられない状況下で11人のコンビネーションがあるベクトルに向かって「自然と」合ってくるなどというのは、あまり現実的でない想定だ。その上、サッカーは体操やシンクロナイズドスイミングとは違い、単に11人「合わせる」だけでは駄目で、相手のプレーとその場の状況によっても選択するプレーは随時変わってくるのである。相手は引いて来るのか押し上げてくるのか、ボールホルダーがすべきはパスかドリブルかシュートか(そしてそのそれぞれの相手・方向・球質は?)、ボールを持っていないプレーヤーはスペースに走るのかボールを受けに近寄るのか、その際DFラインは上げるのかカウンターに備えるのか、FWはファーに走るのかニアに入るのか……ここに挙げたのは、個々の局面で存在する判断の、ほんの氷山の一角である。ピッチ上には無限の組み合わせがあり得、無限の可能性が転がっている。だからサッカーというスポーツは素晴らしく奥が深い。のだけれど、その奥深さはプレーヤー1人1人の手には余る大きさだ。ただ白いキャンパスを渡されて「絵を描け」と言われても、普通の人間はどうしたらいいのかわからないものだろう。

 あるいは、サッカーの「天才」ならば事前に何も与えられずとも自分のおかれた状況で「最適の」プレーを選択できるのかもしれない。言い方を変えれば、「天才」なる存在がいる場合、彼の閃きを最大限生かすべく周りの選手が懸命に合わせようとするため、それこそ「自然と」チームがしかるべき方向へまとまり機能していくということもあり得るだろう。だが、そんな存在は1つの国において十年あるいは何十年に1人というスパンでしか出現しないであろうし、「凡人」が「天才」に合わせることも決してたやすい作業ではなかろう。おそらくジーコは自分が「天才」であったがゆえに、そうしたことが理解できないのではないだろうか。また、少なくとも今の日本代表において、「天才」と呼ぶに相応しい人材はいないように思われる。

 いかに優れた代表選手といえどもその能力には限界があり、無限の選択肢は手に余る。では、どうすればいいか。答えは簡単だ。決まり事によって、選択肢をある程度限定してあげればいいのである。簡単な例で考えてみよう。右サイドを担当する攻撃的MFが敵陣ドリブルで持ち上がり、相手DFが行く手に立ちふさがった場合。前方へのプレーが難しいとなれば、「右サイドバックへはたく」「左サイドへチェンジ」「近場の攻撃的MFを使った壁パス」「守備的MFへ戻す」等々の選択肢が考えられるだろう。しかし、たとえばサイドチェンジ1つとっても、逆サイドのスペースへ誰かが走り込まなければならないのだが、この際に「誰が」「どういう場合に」「どのタイミングで」走り込むかをいちいち試合中にその場で各選手が考えて意志を統一しなければならないのだろうか?あるいは、試合前の数限られた紅白戦の中で選手自身が試行錯誤しなければならないのだろうか?

 そんなことをやっていては脳味噌と時間がいくらあっても足りないのだ。それならば、「こういう状況下では逆サイドバックが上がってパスのルートを増やす」とあらかじめ決めておけばいい。この場合、決まり事は自由を奪うことにはならない。なぜなら、上記の状況で逆サイドに誰もいなければ「サイドチェンジ」という選択肢自体がなくなってしまうし、逆サイドに人が動くか動かないか不確実なままではボールホルダーの判断も困難になる。つまり「決まり事があるからこそボールホルダーの(そしてチームの)選択肢(自由)が増える」という結果になっているのである。もちろん、いくつか用意された選択肢のどれを選ぶかは状況に応じてボールホルダーが判断すればいいし、想定外の事態(逆サイドのスペースが先に埋められてしまったとか、前に立ちふさがった相手DFが転倒したとか)になった場合にはまた新たな判断が生まれ、場合によっては次の決まり事が持ち出されるだろう。さらにつけ加えれば、「サイドバックが上がっておく」という決まり事があるからこそ、状況(強力な相手アタッカーが裏を狙っている等)によっては「あえて上がらない」という判断だってあり得るのだ。

 要するに、サッカーの試合とは無数の「判断」と「決まり事」が複雑に織り重なって成り立つものであり、どちらか一方だけでプレーを進めていくのは不可能なのである。古来サッカー界において集積・発展してきた「戦術」(体系化した「決まり事」)なるものは、もちろんチームの観点からすれば相手の長所−短所を自チームの長所−短所が上回ることによって試合に勝利することを目的としているのだが、個々のプレーヤーからすればそれはプレー中に選択肢を与えてくれるものであり、また手がかりのない過重な判断から解放してくれるもの、と考えることもできる。繰り返しになるが、決まり事がなければ生まれない自由も存在するし、さらに突き詰めれば、決まり事によって確保された自由の下でこそ発揮される個性や創造力もあるということだ。

 思い出してみよう。トルシエのチームは確かに規律に縛られていたが、選手は全く判断せず個性も発揮していなかっただろうか?そんなことはないだろう。日韓W杯での得点シーンだけ見てもすぐにわかる。鈴木の泥臭い飛び込み、柳沢の機転の利いたラストパスを受けた稲本のダイナミックな突進、森島の俊敏性を生かしたゴール前への進入、そして市川のピンポイントクロスへ飛び込んだ中田の攻撃性。今にして思えば、各選手がはっきりとその選手らしさを出していたではないか。そう考えると、この文の前半でトルシエとジーコを「両極端」と形容してしまったのは不適当だった。ジーコに比べれば、トルシエは(少なくともピッチ上で実現したサッカー表現としては)バランスが取れていた。

 結論。「規律」と「自由」、「決まり事」と「判断」は両立する。いや、両立せざるを得ない。不毛な二項対立思考はとっとと放棄されるべきなのだ。そして、この事を全く理解しない(理解しようともしない)者は高いレベルのサッカーチームを指導するコーチとして適格ではない。このまま手をこまねいて「何もしない」のならば、ジーコは日本代表監督の座を降りるべきだ。僕はそう思う。

 

2004年2月24日


戻る            ホームへ