フィールドの中に、いろんな奴がいる


 今シーズンの国内ラグビーを盛り上げたのは、何といっても早稲田大学の復活であった。清宮新監督の下1年かけて鍛え上げられたチームは速く広くボールを動かす伝統の「揺さぶり」攻撃を取り戻し、慶応・明治を連破して関東大学対抗戦グループを全勝優勝。全国大学選手権でも決勝へ進出し、王者・関東学院をあと一歩のところまで追いつめた。

 僕が今季の早稲田を生で初めて見たのは、11月23日の早慶戦。元々慶応びいきの僕はそれほど早稲田に注目していた訳ではなく、「今年はひと味違う」くらいの情報を人づてに得ていただけだった。選手入場時、自信満々に登場した慶応「タイガー軍団」に続いてピッチへ飛び出した早稲田のフィフティーンを見て、僕は息を呑んだ。そこに現れたのは、一昔前のラグビーチームではよく見られたような、言葉は悪いが「ちび」「でぶ」「のっぽ」が入り混じった、良く言えば多様な、悪く言えば「でこぼこな」15人だったのだ。FW第1列は巨漢揃い、LOは細身の長身、バックスは慶応に比べて概ね一回りは小さく、とりわけSHとWTBは見ていて心配になるほど。ポジションごとの明確な体型の違いに、なんだか懐かしいような気持ちさえ抱いた。

 そして、その15人が展開するラグビーは、彼らの体型以上に印象に残るものだった。個人が各々の特性に応じた役割を担い、周りがそれを助け、連携する。第一列がスクラムを耐え、LO左京・高森がラインアウトでボールを獲得、FL川上はサポーティングに走り回り、SH田原は密集ができると(いやできる前から)すぐさま駆けつけて球を拾い上げる。SO太田尾は「前をよく見て」球を左右に散らし、インサイドCTB武川は職人技のタイミングでラストパスを供給、アウトサイドCTB山下は半ズレの体勢から馬力を生かしてDFラインを切り裂く。小柄な仲山・山岡の両ウイング=フィニッシャーはボールを持つやひたすらゴールライン目指して勝負に出る。そしてそれらのプレーが「揺さぶり」(清宮監督はこの言葉を使わないだろうが)という全体に結実する。個性の発露と、戦法を芯とした有機的結合。文字にすると当たり前のことではあるのだが、しかし実はこれが難しいのだ。結果、昨年・一昨年に比べて傑出した個・多様な個に欠ける慶応は完全に翻弄され、早稲田が54−21で歴史的な大勝。

 もともと、ラグビーはルールによる制約が厳しい団体競技であり、かつ人数も15人と非常に多い(いずれも、サッカーと比べてみるとよくわかる)。ポジションごとの(単に位置する「場所」にとどまらない)機能分化は必然であったはずだ。だが、近年の、特にトップレベルのラグビーでは事情が違ってきたように思える。攻撃有利のルール改正・プロ化による戦術高度化に伴い、FWがバックス並の走力を要求され、バックスはより大型化とクラッシュ時の強さを求められるようになった。守備のシチュエーションではFWとバックスも関係なく横一列に並んで「壁」を作り、攻撃時にはどのポジションの選手でもパスを投げ、クラッシュし、密集に飛び込むことが普通になった。かろうじて際立った特色を保つことを許されたのは、ハーフ団の2人くらいだろうか。

 しかし、そうした「誰もが同じことをする(できる)」ラグビーとは、だいたいにおいて味気ないものではないか?第4回W杯の準決勝、見る者をうんざりさせたのは、単に豪州と南アの壮絶な防御戦でノートライの蹴り合いになったからだけではない。双方のDFラインに同じような体格の同じような人間がずらっと並び、(少なくとも守備の際には)同じような役割を延々と果たす姿にこそ違和感を感じたのではなかったか。無論、そういった場合でも両チームの事情に詳しい人間、あるいはプロの目から見れば個々の選手の区別はつくのであり、各々の特徴を把握することはできるだろう。だが、競技の普及という観点からしても、またスポーツとしての単純かつわかりやすい楽しさからしても、パッと見「同じように」見えてしまうことはマイナスに働くのは違いない。

 そんな風潮の中、今季の早稲田の活躍はラグビーの素晴らしさの核心をとらえていたものだと思う。清宮監督にしてみれば手持ちの戦力を勝利に導くために合理的な方法を逐次採用していっただけなのかもしれないが、最終的な完成形は(大学レベルとしては)美しく、楽しいものとなった。優勝はできなかったとはいえ、このラグビーを見せてもらったことに、僕は一ファンとして感謝するべきなのだろう。「なぜポジションというものが存在するのか?そしてポジション名はどのチームでも大体同じなのに、それでもチームとしてのカラーが違ってくるのはなぜなのか?」。こうした疑問に対する答えの一つを、早稲田の15人は体現していたように思える。

 僕が(極端に)多様な存在の共存を求めるのは、見ていて好ましく思えるというだけにとどまるものではない。日本のような体格・素質に恵まれぬ国では、あらゆるカテゴリーにおいて全ての選手に全ての面で高いレベルを求めるのは不可能だ。そうした場合、平均点の高い選手ばかり集めるよりも、全体としては50点でもある限定されたプレーにおいては90点、というような選手によりチームを構成し戦う方が勝利への近道となることだろう。必然的に、いろんな特性の選手が並ぶことになる。さらに国としては恵まれているラグビー強豪国・地域にだって、体格や能力で偏った選手は当然いるだろう。そうしたラグビーマンに道を示し希望を与えることだって、もしかしたらできるかもしれないのだ。

 フィールドの中には、いろんな奴がいて、いろんなことをする。だから展開されるプレーも状況もいろんな形になり、フットボールの可能性を広げていく。

 早稲田大学は大学選手権決勝で関東学院と対戦、ほぼ互角の素晴らしい熱戦を繰り広げたが、王者関東の経験の前に5点差で涙を呑んだ。関東学院もまた189cmのNO8山口と158cmのSH春口が並び、各ポジションに「職人」が揃う、多様さを内包したチームだった。早稲田はさらに日本選手権1回戦でトヨタ自動車と対戦。トヨタFWの圧倒的な威力の前に得点差こそ開いたものの、ダブルSHシステムなど個々の小ささ・弱さを役割分担と工夫で乗り切ろうとし、終盤には鮮やかな2トライを奪ってみせた。

 決して最強ではなかった。それでも、僕は、2001−2002年の早稲田ラグビーを支持する。いいものを見せてもらった。

 

2002年1月31日


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