楽し都、FC東京のある生活
目次
・東京ガスからFC東京へ
・苦しみの99年、そして2000年の躍進
・FC東京というクラブ
・東京名物、青赤サポーター
・サポーター系「おかしな」フロント
・「セクシーフットボール」と「部活サッカー」
・お薦めの選手
・これからのFC東京
サッカー観戦がこんなにも楽しい年は、生まれて初めてだ。今年Jリーグ1部に昇格したFC東京は開幕3連勝など並みいる強豪相手に健闘を見せ、第11節までは首位争いも演じた。JFL・J2の時代から応援していた人間にとっては夢のような現実である。テレビ・新聞等マスメディアでの露出も多くなり、サッカーファンの間でFC東京の名は確実に浸透しているようだ。
ただ、旋風を巻き起こしているとはいえ、東京は若いクラブ。名前は知れてもその実体や背景についてはまだまだ広まってはいない。そこで今回は私村田がサポーターの立場から、FC東京に関する事柄をあれやこれやと紹介してみたいと思う。サポーター歴の浅い私ゆえに裏情報の類はほとんどないが、東京について少しでも知っていただければ幸いである。
<東京ガスからFC東京へ>
ご存じの方も多いと思うが、FC東京は東京ガスサッカー部を前身とする(今でも古いファンは「ガス」と呼んだりする)。1935年創設の歴史を持つ東ガスサッカー部は長らく地域リーグでの活動を続けていたが、80年代に本格的強化に着手しJリーグ発足後は強豪アマチュアチームとしてJFL上位に定着。90年代半ば以降のプロ化への模索を経て、99年Jリーグ2部制スタートと同時に「FC東京」としてプロリーグへと飛び込んだのである。と、今書いてみるとあっさりしたものだが、クラブ結成までには紆余曲折があった。実は、Jリーグ発足年の93年にはすでに東ガスはプロ化の誘いを各方面から受けていた。だが東京という様々な面で恵まれた地域にありながら、東ガスは頑なにプロ化を拒み続けた。理由は「東京ガスだけでは、東京を背負うには荷が重すぎる」というものだった。当時はJリーグバブルの下、毎週のように国立競技場で試合が行われ、ヴェルディやマリノス・レッズ等の試合が満員の観衆を集めていた頃。リーグ本来の理念は鹿島等ごく一部を除いて忘れられ、人為的なブランドイメージが先行していた時代だった。そのような状況でJFLの無名チームが「何でも手に入る」東京でクラブを旗揚げしたとしても人気が定着したかどうか。結果的には東ガスの判断は正しかったと言える。しかしサポーターの間にはプロ化を望む声も根強く、94年には会社にプロ化を訴えた今井監督(現川崎フロンターレ監督)が突然解任されるという事件もあったという。
ところが、皮肉なことに同じ94年、東ガスは初出場の天皇杯で鹿島を破る金星を挙げてベスト8進出(大熊代理監督が指揮)、東ガス旋風を巻き起こした。これで、頑なであった東ガスの目の色が変わる。96年にはJリーグが2部制導入の決定を行い、JFLの各チームはプロ化かアマ維持かの決断を迫られた。同時期、Jリーグバブルが弾け、各クラブは興行的不振から理念への回帰を余儀なくされて地元密着色を強めることになり、国立でのリーグ戦開催も減って東京は一種の「空白地帯」と化しつつあった。全ての状況がプロ化を後押しする中でついに東ガスは決意を固め、各自治体・企業への協力の要請を開始。熱意ある働きかけの甲斐あって97年には中核となる8社が集結し東京都以下自治体の協力も得られ、98年には東京フットボール株式会社設立、99年から晴れてFC東京としてプロサッカークラブの仲間入りをした。この間、関係者の努力に応え、チームも97年天皇杯ベスト4、98年JFL優勝と目覚ましい好成績をあげたのだった。
<苦しみの99年、そして2000年の躍進>
FC東京は99年、いきなり川崎フロンターレと並ぶ優勝候補としてJ2に参戦した。序盤から順調に白星を重ねた東京は常に上位をキープ、残り8試合の時点で首位は川崎に譲ったものの3位大分トリニータとは勝ち点12点差、誰の目にも昇格は確実に見えた。しかし、そこで快進撃に急ブレーキがかかってしまう。準決勝へ進出したナビスコカップ等の過酷日程がたたったか、それとも昇格へ向けてかつてない重圧が選手を襲ったのか、5連敗を含む1勝6敗。最終戦を前に逆に大分に勝ち点1差をつけられて3位転落、自力昇格が消滅してしまったのだ。しかも最終戦はそれまで対戦成績0勝3敗のアルビレックス新潟とアウェイでの対戦。まさに絶体絶命の状況だった。決戦の日は忘れもしない11月21日。圧倒的不利な状況の中、新潟には5百人以上の東京サポーターが駆けつけた。到着してみると競技場では8千人の新潟サポーターが待ち受け、スタンドの大半はオレンジ色で埋められた。しかも気温の低い中、キックオフ前から冷たい雨が降り始める。今にも泣き出したくなる、くじけそうな状況で、東京サポーターは声援に熱い魂を込め、選手とともに必死に戦った。もはや損得でも理屈でもない。山本アナ風に言うならば、チームが苦しい時、サポーターにとって選手達はもはや「彼ら」ではなく「我々」そのものなのだ。声援に後押しされるかのように選手達は土壇場で自分を取り戻し、美しいサッカーを見せて新潟を圧倒、加賀見のボレーで奪った1点を守りきった。試合後も5百人のサポーターは誰一人動こうとせず、じっと息を殺して他競技場の結果を待った。
そして、大分で、ロスタイムの奇跡は起こった。僕たちは、やはりサッカーの神様に感謝すべきなのだろう。この年限りで引退する10番奥原を筆頭にロッカールームから飛び出してくる選手、スタンドからピッチになだれ込むサポーター。瞬く間に新潟市陸上競技場は祝勝パーティーの会場となった。胴上げされる選手達。めちゃくちゃにガッツポーズを繰り返すサポーター。新潟の人々がくれた祝福の言葉。そして、僕は言葉を失い、ただ立ちつくしていた。
この99年の苦しみと喜びが、2000年の快進撃に繋がっていることは言うまでもないだろう。鍛えられ、場数を踏んで現在のFC東京は、間違いなく昨年のFC東京よりも一段上のチームである。
<FC東京というクラブ>
上でも述べたように、FC東京は東京ガスを母体としつつも、法人設立に当たっては他に東京電力・ampm・テレビ東京・三菱商事等々複数の企業が中核となっている(株主団体は実に185に上る)。いわゆる親会社にあたる存在は無いと言ってもいい。またFC「東京」として東京都全体をホームタウンとするとともに三鷹・府中・調布の三市の出資・支援をも得ている。特定企業・団体の持ち物ではない、Jリーグ本来の理念に近いクラブであると言えるだろう。ホームスタジアムはまもなく調布市「飛田給」駅近くに完成する「東京スタジアム」。閑静な武蔵野の森に5万人収容の巨大スタジアムがそびえる日はすぐ目の前だが、今季のホームゲームにおいては国立・駒沢等の競技場を転々としている。一方練習場は東京の東側、江東区の深川グラウンド。選手はホームでの試合の度に東京を東西に横断することになる。大変そうだが、これも東京都全体をホームとするFC東京ならではだ。
FC東京のクラブ理念は「都民のシンボルとして夢と感動、情熱を人々に沸き立たせる」競技理念と「青少年の健全な心身の育成と都民の健康に寄与する」生涯スポーツの理念から成る。一言で言えば東京への「地域密着」だ。Jクラブとしては本来当たり前のことなのだが、東京は平均的な他のJクラブに比べても忠実にその理念を具現化させようとしているように見える(今年のホーム数試合の地方開催はいただけないが)。J発足直後はヴェルディのような「全国区」をうたったチームがリーグの主流になっていたことを思えば、FC東京は昨今の地域回帰の流れから生まれるべくして生まれた、時代の申し子でもある。FC東京は「日本の」でも「調布の」でもなくあくまで「東京の」チームなのだ。
<東京名物、青赤サポーター>
FC東京は東ガスという一企業チームに過ぎなかった時代からサッカーファンの間でそれなりの知名度をもっっていた。それは、このチームには非常に強力でユニークなゴール裏のサポーター集団が存在するからだ。もともと東京サポーターは数としてはそれほど多いわけではない。J1に上がった今季になってどっと増えたが、それでもいわゆる「ゴール裏」は数百人といった規模だ(一昨年までのJFL時代など、多くの試合で「ゴール裏」は数十人規模に過ぎなかった)。磐田や浦和・鹿島・横浜の大サポーター軍団とは比べるべくもない。しかしその少数精鋭の集団が行う応援は、この上なくハートフルで、かつ個性的だ。試合前には戦いへ向けて雰囲気を盛り上げ、試合が始まれば声に魂こめて選手とともに戦い、チャンスと見れば応援のテンポを上げて後押し、チームが苦境に立てばコールで選手を勇気づける。素晴らしいプレーには賞賛の拍手を送り、ふがいない戦いぶりには沈黙やブーイングで抗議する。チームが点をとろうものならスタンドを走り回っての大喜びである。どれも当たり前のことだが、Jリーグ発足時のバブリーな応援を引きずってプロ野球のような「合唱団」になってしまっているサポーター集団が多い中で、「サポーターとして当然のことを過不足なく行う」東京のゴール裏は新鮮な存在として受け止められることも多いようだ。
東京のゴール裏は多彩な応援歌を持っている集団でもある。試合前の「You'll Never Walk Alone」から始まり、試合中は「東京ラプソティ」(た〜のし、みやこ〜♪)「君の瞳に恋してる」(あいして、る、とうきょう〜♪)等の替え歌で後押し、得点が決まれば「東京ブギウギ」で踊りまくる。個人応援コールも選手ごとに異なるものが取りそろえられており、そのバリエーションの多さは、試合中聴いてて全く飽きない(個人的に好きなのは「マッハGO!GO!GO」のメロディの神野コールだ。神野GO!GO!GO!)。また同時に、ゴール裏は多彩な野次(というかちゃかしコール)で相手チーム・サポーターをからかう集団でもある。女性に人気のジュビロ磐田のサポーター席に「女声!」などとコールするのはまだいい方で、札幌の岡田監督を「のび太!」エスパルス森岡を「春一番!」呼ばわりしたり、アウェイの試合では「弾けよう〜、田舎でも〜♪」と歌ったり、挙げ句の果てにはにっくき宿敵を「川崎ウ○コターレ」と呼んだり、とにかく「イジる」ことが好きな連中である。今年は1部強豪チームのだらしなさを「J1なんてララララララララ〜♪」と歌って冷やかすことが多い。こういうJ1にあまりなかったコールについて戸惑い、不快感を示す相手チームサポーターも多いようだが、そういった時東京サポーターからすれば、黙って怒るのではなく是非ともちゃかし返してほしいのである。せっかく生で見に来ているんだから、その試合その試合の状況を楽しまなければもったいない。盲目的に自チームの応援コールをするのではなく、一部悪質サポーターのように相手を口汚く罵るのでもなく、ウィットと愛に満ちたスタジアムであってほしい。東京サポーターの多くはそう願っているのだ。
こういう風に書いてみると、東京のゴール裏は応援が自己目的化している集団のようにも思えるが、そんなことはない。スタンスはあくまで「サッカーを楽しみ、FC東京を応援する」ことだ。東京サポーターが何よりも好きなのは自分たちの応援に酔うことではなく、アマラオのダイナミックなポストプレーであり、ツゥットや由紀彦や藤山のドリブルであり、小林の大胆なサイドチェンジであり、小峯やサンドロの体を張った守備なのだ。平均的に目も肥えている。弾丸シュートよりも大きなサイドチェンジの方が盛り上がるサポーター集団が、日本で他に存在するだろうか?また、マスメディアではゴール裏ばかりが取り上げられがちだが、東京の場合、メインやバックのスタンドも熱い。もちろんゴール裏ほどの暴れようではないが(気風に合わない人が興味本位でゴール裏に行くとめちゃくちゃうざがられる)、一般ファンとともに東ガス時代からチームを支える古参サポーターなどが陣取り、応援歌には手拍子で合わせ、得点時には「東京ブギウギ」でゴール裏とともに両手を挙げて踊り狂うのだ。東京は本来的な意味での(親会社にとって都合の良い「お客様」ではない)サポーターがクラブにとって不可欠な存在となっている、幸福な例である。
ちなみに、FC東京はクラブの一つの理想像をFCバルセロナに見出しており、年間チケット所有者は「ソシオ」と呼ばれ、チームを支える存在としてクラブから公認される。僕も今年からソシオになったのだが、開幕直前に届いたオフィシャルハンドブックに自分の名前が印刷されているのを見た時は、何とも嬉しく誇らしい気分になったものだ。自分たちのクラブに自分たち自身が参加し、力になり、支えている。こういう感覚を持てることこそ、サポーター本来の醍醐味ではあるまいか。
<サポーター系「おかしな」フロント>
FC東京はクラブの関係者、フロントもちょっとオカシイ。例をいくつか挙げよう。例1。今季FC東京のポスターには必ず「セクシーフットボール」というキャッチフレーズが入っている。しかしインタビュー等で監督や選手の口から「セクシーフットボールをお見せします」などという発言が出てくることはない。このフレーズ、どこから来たのか?実はこれ、サポーターのコールに由来があるのだ(以下、トークライブで植田朝日さんから聞いた話)。昨年、プレミアリーグで監督をしていたフリットが不振の責任を追及された記者会見で苦し紛れに「セクシーフットボールを目指す」と発言し、現地で馬鹿にされていたことがあった。そのニュースが伝わった直後のリーグ戦でたまたまダイレクトパスが数本つながったゴールがあり、興奮したゴール裏が「もしかしてセクシー(笑)?」ということで冗談半分に「セクシー!東京!!」のコールを上げたのだが、それを聞いた東京フロントが「これだ!」と本気にしてしまい(笑)、かくして「セクシーフットボール」なるキャッチフレーズがでっち上げられたのだそうな。チームの理念とか方針とかマーケティング戦略とか色々あるだろうに、そういうものはすっ飛ばして現場の面白さを大事にする。これはJ1という世界ではけっこうオカシイ(もちろん、いい意味で)。
例2。昨年のホーム開幕戦。試合後西が丘のゴール裏でちょっと髪の薄い精悍な男性が気さくにサポーターに声をかけ、「みんな、今日はありがとうな」と握手をして回っている。それがFC東京の村林常務だということは、後でわかった。この村林常務、ソシオとしてハンドブックのリストに載っているばかりではなく、休日に家族連れでサポーターのイベントにやってきたりもする。まさに日本で数少ない(唯一?)「サポーター系チームフロント」である。
例3。今年のJリーグ開幕戦鹿島×名古屋戦の特別ゲストはアントニオ猪木だったのだが、同じ国立競技場で翌週行われた東京×福岡戦の特別ゲストはなんと春一番(笑)。ちゃんと「一、二、三、ダーッ!!!」もやりました。もう、サイコー。とことん、お馬鹿なクラブである。
<「セクシーフットボール」と「部活サッカー」>
前項で書いたようにある意味いい加減な経緯で生まれた「セクシーフットボール」というキャッチフレーズだが、今季の快進撃を見ていると、何だか「嘘から出たまこと」になりつつあるようにも見える。FC東京の戦術的特徴は一貫したスタイルとしてのカウンターサッカーにあるが、今季は格上の相手が多く、また他チームも情報を持っていなかったと見えて、特に序盤戦ではカウンター攻撃がこれでもかというほどによく決まった。自陣で粘り強い守備からボールを奪うと攻撃の選手はすぐに反応、ある時は両ウイングの佐藤・小林を経由して、ある時はアマラオのポストプレーから、またある時はツゥットの個人技で、とにかく手数・人数をかけずに相手守備が整う前にゴールを奪う。そのダイレクトプレーを中心とした鮮やかさはまさに「セクシー!」の一言であった。1stステージ名古屋戦・磐田戦の逆転勝利、2ndステージ横浜戦の圧勝劇は印象に残っている方も多いのではないだろうか。
もう一つ、FC東京のサッカーを表現したフレーズとしては「部活サッカー」がある。これは以前、中村俊輔が対戦前に東京を評した物言いだ。言われた当時は「馬鹿にするな」と腹が立ったものだが、打倒横浜が成った今では(笑)、なかなかうまい表現だと思うようにさえなった。つまり東京のサッカーはまるで中学高校の部活動のように「ひたむき」で「運動量豊富」で「役割が徹底されている」ということだ。キャンプでの走り込みの裏付けもあり、東京の選手はとにかくよく走る。ひたむきにボールを追い、ピンチともなれば全員で相手を追い回す。典型的なのはセンターバックの小峯で、泥臭いプレーぶりながら決して手を抜かず、密着マークで相手FWを自由にさせない。また、ウイングはアウトサイドを駆け上がり、守備的MFはあくまで守備的に、ポストプレーヤーは前線に張り続けるというように役割がきちんと整理されており、その意識の徹底も好結果に結びついた。
しかしこれらの特徴を裏返せば、相手が引いてきた時には何もできないということであり、ひたむきさが失せれば魅力も強さも失せるということだ。事実、1stステージ終盤は序盤よりも相手の実力は劣ったにもかかわらず、敵の守備的戦術と連戦の疲労による集中力・運動量の低下で成績は急降下した。ヴィッセル神戸に完敗した試合などが典型である。
いずれにしろ、今季の東京はカウンターを前面に押したててJ1の強豪と渡り合っていくしかない。何しろ、あくまで昇格チーム、チャレンジャーの立場なのだ。優勝を目指すようなチームのやるサッカーではないかもしれないが、挑戦者としての魅力には溢れている。カウンターを軸に鮮やかさと脆さが同居し、相手の強さ云々よりもスタイルを貫き通せるかどうかが重要。今のFC東京はまるで「あしたのジョー」である。
<お薦めの選手>
FC東京といえば「キング・オブ・トーキョー」アマラオと快進撃の立て役者ツゥット、それに清水出身の貴公子佐藤由起彦あたりが有名だが、もちろん他にもいい選手はいる。観戦にあたって私が特に薦めたいのは、左サイドバックの藤山とボランチの浅利だ。藤山の魅力は、スピードあるドリブル。出足よく相手のパスをカットするやいなや、敵陣中央めがけてカミソリのように切り込んでいく。三浦淳のようにペナルティエリア脇から中央に切れ込んでいくのでも、相馬のように縦に直進していくのでもない。斜めに上がってボランチの前へ出て、まるでFWか「10番」のような役割を果たすのだ。そこからくり出されるスルーパス、FWとのワンツーから放つシュートはしばしば相手の急所を突く。今季は守備に追われて上がる回数も少ないが、そのドリブルは金を払って見る価値あり、だ。
浅利は、チーム全体のバランスを保つ東京のキーマンだ。守備に当たっては巧みなポジショニングでスペースを埋め、攻撃時には前後左右にボールを散らして起点となる。彼が相手FWのマークなど単一の仕事に追われない限り、東京はやすやすと崩れはしない。
他にもJ1に復帰した「ストライカーとはこういうものだ」神野、頼りになる兄貴分内藤、才気溢れるドリブラーの小林、「ペルー」小池などなど、紹介したい選手はまだまだいるのだが、あとはテレビ中継などで実際に試合を見てみて下さい。
<これからのFC東京>
ここまではまことにハッピーに事が進んでいるFC東京だが、クラブとして将来に向けてはいろいろな課題も抱えている。個人的な考えとして、東京のクラブとしての短期的・長期的な課題は大きく分けて三つだと思う。一つ目は、チームの強化。今季はチャレンジャー精神に溢れたサッカーでJ1に旋風を巻き起こしている東京だが、選手層・財務面での改善や経験の積み重ね等、近い将来上位に定着するためには越えねばならない壁はいくつもある。当面の最大の課題は戦術の柔軟性と多様性を確保することだろうか。「部活サッカー」は良く言えば戦術が徹底されているが、悪くいえば融通がききにくいサッカー。レアル・マドリードやジュビロ磐田のような真の強豪は、状況・相手に関わらず強さを発揮できるが、それは臨機応変な采配と柔軟な戦術と経験に基づいた対応力があるからだ。東京もカウンターという武器を維持しつつ、徐々に引き出しを増やして行かなければならない。経験はすぐには得られないとしても、あとはとりあえず大熊監督の手腕に期待するとしよう(「監督を代えてもっと大物にすればいいじゃないか」と言う人もいるかもしれないが、大熊さんは愛のある、なかなか替えの効かない人物なんですよ)。
一方、今季の健闘で多くの人々を魅了したことも、新たな課題を生みだしている。サポーター層の多様化・変質だ。既述のように、従来の東京サポーターは「数は少ないが個性的で強力」な集団だった。しかし今季、新たに大勢の人々がスタンドで応援するようになった(平均観客数は約3倍になった)ことで、既存サポーター軍団に戸惑い・不満が生じている面もある。「サッカーよりもサポーターのパフォーマンス目当てで来ている奴がいる」「ただ歌うばかりの普通のJ1サポーターに成り下がりつつある」「サッカーを知らない観戦者が増えた」…等々。サポーター歴2年の僕が言うのもなんだが、確かにそうした指摘で当たっているものは多い。でも、こうも思うのだ。量が飛躍的に増えた時、全体がある程度変質するのは避けられない。ならば、むしろ重要なのはコアなサポーター自身が「古き良き」エッセンスを如何に維持し、新しい人へ伝えていくかだろう。排除や差別化から始まっては、発展は期待できない。様々なサポーターが共存しなければ。最初はサポーターの応援目当てやかっこいい選手の追っかけでスタジアムに来てもいいじゃないか。そこでセクシーフットボールを目にし、サポーターが選手とともに戦う姿を見てもらい、その上でサッカーを、東京を好きになってくれれば良い。ゴール裏をやたらに特別視する必要もない。スタジアムに足を運んで歓声で後押しすれば、誰もが立派なFC東京のサポーターである。
最後の、そして最も大切な課題は、東京を背負うということだ。FC東京は東京都全体をホームとし、東ガス時代の「下町のチーム」から東京スタジアムの所在する西部も含めた「東京のチーム」へと脱皮しつつある。しかしこれは、よく考えたら大変なことである。東京は1200万人もの人口を抱えており人の移動も激しく、しかも東西に長い形をして多様な地域があり、郷土意識は薄い。こんな場所を「ホーム」としているクラブはもちろんJにはないし、世界的にもあまり例がないのではないだろうか。また、東京は流行の先端・ブームの発信地であり、「何でもある」街でもある。はっきり言って東京の人は飽きっぽい。今は物珍しさも手伝ってFC東京がもてはやされている面もあるが、浮かれていてはいずれあっさり捨てられるだけだ。ユベントスのような、世界的な知名度がありながら地元での人気がいまいちなチームにもなりたくない。一つのヒントとなるのは、府中・三鷹・調布の三市の有志が「FC東京との関わりの中でのまちづくり・文化の振興」を掲げて活動している「FMC・FC東京と一緒に楽しむ会」(Webサイト:http://www.annie.ne.jp/~fctokyo)だ。メディアでのイメージづくりや知名度向上も大切だが、真の定着のためにはこのようなローカルな活動がより重要になってくるような気がする。
いずれにせよ困難な課題ばかりだが、是非ともこれらをクリアし、FC東京は日本を代表する、いや世界を代表するクラブになってもらいたい。というか僕たちが後押しして、そうしなければならないのだ。僕はいつの日か、東京スタジアムが5万人の大観衆で埋まり、武蔵野の森にFC東京の優勝を讃える歓声がこだますることを信じている。そしてまたいつの日か、東京がユベントスやレアル・マドリード、マンチェスター・ユナイテッドといった並みいる強豪をなぎ倒して世界一のクラブになることも信じている。その瞬間が僕の生きている間に訪れますように。そして、その瞬間にその場にいられますように。そう願わずにはおれない。
ショートカット別冊『sportsmix』掲載(2000年9月10日)
[追記]
これはショートカットのスポーツ特集別冊用に書いたもの。「スポーツ、特にサッカーはよく見るし好きだけど、今年2部から上がってきていきなり元気よくガンガンやってる『FC東京』って一体何者なの?」という人に向けた(つもり)の文章。僕のFC東京に関する気持ちや考えは特に変化してないのだけれど、今読み返してみるとちょっと青赤サポーターをほめすぎたかもしれない。東京スタジアムがホームとなった今年、戦術面でも、さらに量的に膨張したサポーターの応援スタイルという面でも壁にぶち当たっていることは周知の通り。2001年8月10日