小さいからこそ


 この号が出る頃には既に第3回ラグビーW杯が開幕しており、おそらくもう予選リーグも半ばを迎えていることだろう。我らが日本代表も1〜2試合を消化しているはずだ。ジャパンにはぜひとも勝っていて欲しいものだが、サモア・ウェールズという世界的強豪が相手であることを考えれば連敗で決勝トーナメント進出の夢が断たれていても少しもおかしくはなく、むしろ順当とさえ言える。

 スポーツの国際試合で日本のチーム・選手が負けた時、敗因分析として「日本人と外国人の体格・運動能力の差が出た」ということがよく言われる。昨年のサッカーW杯後の日本協会やマスコミもやたらと「一対一の弱さ」を取り上げていた。今回もしジャパンが結果を残せなかった場合も、同様の分析が流通する可能性は大きいだろう。だが、僕は、この手の物言いが大嫌いである。

 確かに、あらゆるスポーツにおいて運動能力が優れた方が有利なのは確かだし、多くの場合体格差がハンディキャップとなるのは間違いない。しかし、体格・運動能力が全てではない。技術・戦術・戦略・組織力・精神力・規律といった様々なファクターが関わってくるのがスポーツというものだ。特に団体競技では、個人競技よりもファクターが多く複雑なだけに、単なる体格・運動能力が勝敗に占める割合は少なくなる。それは、陸上等ではアフリカ系選手が圧倒的優位にあるにも関わらず、サッカーのW杯でアフリカ諸国が優勝したことは皆無だし、MLB・NBA等でも黒人選手が多い方が必ずしも強いとは限らない事実からもある程度は推測できる。

 むろん、ハンデはハンデとして存在するのは事実で、体格に劣る者が王者に君臨しつづけるのは困難を極める。しかし、短期決戦や一発勝負ならばやり方によっては日本も世界を相手に勝負できることは、過去の歴史上たびたび証明されてきた。守備戦術の徹底とDF陣の気迫とでブラジルから勝利をもぎとったアトランタ五輪のサッカーを思い出してみて欲しい。日本人でもやりようによっては、世界最高峰のチームにだって勝てるのだ。初めから「小さいから」「遅いから」「体が弱いから」とあきらめるのはまことに愚かな考えだと思う。やる前からある種の諦念があるのならばそのスポーツをやらない方がましだし、ましてやその国の代表が国際大会へ出る意味など全く無い。対格差は日本人にとっての宿命の一つである。とすれば、そのハンデを克服するために頭を使い、工夫し、汗を流して努力し、勝利を目指すことが日本スポーツ界のトップチームに課された義務であり、世界的な視点で見ればそうしてこそ日本の代表が国際大会に出て活躍する意味があるのではないだろうか。でかいヤツや足の速いヤツが勝つのはそれはそれで素晴らしいことだが、スポーツの魅力がそれだけにとどまるはずがないじゃないか(どんな国でもでかいヤツや足の速いヤツばかりじゃないだろう)。

 ラグビーは肉体的クラッシュの場面が多い競技であり、体格差のハンデがもろに出る競技である。ジャパンのテストマッチでの通算成績も数字的には大幅な負け越しだ。しかし60〜70年代の名将たる大西鉄之祐師に代表されるように、心ある指導者は小さい体のハンデをはねかえして勝利を掴むために様々な工夫をこらしてきた。現在では世界の標準戦術にまでなったサインプレイ(ムーヴ)の駆使、ショートラインアウト、「展開・接近・連続」理論…。その結果として残ったのが対オールブラックスジュニア戦での勝利や対イングランド戦・対ウェールズ戦での大健闘だった。日本ラグビーは世界的に評価され、87年には第一回W杯に招待されるという栄誉まで得た(第一回ラグビーW杯は予選無しの招待国わずか16カ国のみで争われた)。一方で、しばしば日本の指導者は選手の大型化によって先進国との差をつめようとし、その度に苦い失敗を味わった。その極北が前回W杯対NZ戦での17−145の惨敗であり、日本ラグビーの威信は近年どん底まで落ちていたのはラグビーファンには周知の事実である。要するに歴史の教訓として言えることは、ジャパンは「小さいから」駄目だったのではなく、「小さいからこそ」世界におけるラグビーの発展に貢献し、評価されてきたのだ。他のスポーツでも日本が評価される場合には似たような文脈によることが多かったのではないか?

 今回W杯に挑んでいる平尾ジャパンは「リズムアンドテンポ」を合言葉として、今のところサイズという言い訳に逃げ込むことなく世界に正面から戦いを挑んでいる。選手選考等について平尾監督に対して言いたい事も色々とあるが、このチームとしての基本姿勢、高速化とチーム戦術で巨漢の相手を倒そうとする姿勢についてはとりあえず支持したい。願わくば、今ごろジャパンが世界に類を見ない小気味良いラグビーによってウェールズの地で喝采を浴びていますように。そして、小柄なジャパンの勇敢な戦いぶりが、世界中の体格に恵まれぬ人々に勇気を与えていますように。

 

ショートカット121号掲載(1999年10月10日)

 

 

(注)W杯での惨敗後、平尾監督が敗因に挙げたのは結局「個人の能力の差」だった。失望。


戻る            ホームへ