「巨人優勝待望論」の貧困


 不況だ。何しろ、景気が悪い。景「気」とはよく言ったもので、経済とは人の気分によって非常に左右されるのだが(「消費マインド」とかそう言うヤツですな)、今は人の心も企業の心も冷え込みまくりである。実は、GDPとか投資とか雇用とかそういった多くの経済指標から判断すると、日本経済は97年3月まで3年半にわたって緩やかながらも景気拡大を続けていた(らしい)のだが、全然そんな感じはしなかったなあ。世の中全体の不安感・失望感は、バブル崩壊以後増す一方だったんじゃないか。自民党政治はひとつも変わらないし、阪神大震災で政府は国民を助けてくれないことがよくわかったし、税金は銀行やら地方の過疎地へ無駄に流れていくし、企業も腐ってるし、高齢化社会で将来年金をもらえるかどうかわからない中で政府の借金が増えていくし、将来の備えをしようにも利子はほとんどゼロに等しいし、子供は訳がわからない行動をしているし、職はろくにないし、気候もなんか変だし…。全く不安だらけだ。こんな中で昨年増税をしたのは政府の失敗というしかないが、いまさら「減税をするからお金を使ってください」って言われてもなあ。だって、財政がヤバいから増税したんでしょ。それを今度は減税と公共事業の垂れ流しって、財政のヤバさはどこへいったのさ。経済対策でかえって不安感は増すんじゃないの。だいたい政府が経済を操作できるかのような幻想は皆もう捨てた方がいいんじゃないか。もう国民は政府なんて信頼してないし、新社会資本だろうが何だろうが必要性もろくに考えずににモノ作ったって波及効果はほとんどゼロだ。いっそ政治家も正直に「うちの選挙区に無駄な橋や道路作らなきゃ次の選挙に落ちちゃうんですよ、都会の人ごめんなさいね」とか言ってくれればいいのに。卵投げつけに行くから。

 話が変な方向に行ったので、元に戻す。こういう不況で不安感が蔓延しているような時には、「溺れるものは〜」のことわざ通り必ず怪しげな言説が流布するものだが、その一つが「巨人優勝待望論」だ。プロ野球ファンの中で巨人ファンが一番多いのだから、巨人の優勝を望む声が多いのは至極当然だ。問題は、不況の時にはその物言いが経済と絡めて行われるようになることだ。やれ「巨人の優勝年は平均株価が高い」だの「巨人が優勝するとサラリーマンが元気づく」だのといったヤツである。この間もTBSの番組で特集を組んでやっていた。巨人優勝と経済情勢との相関関係はよくわからないが、「因果関係がある」とまで言ったらそれはウソだろう。巨人ファンが多いって言ったって全国民の何分の一かなんだし、そんなことで経済がよくなったら苦労しない。まあたとえ本当に因果関係があるとしても、問題の多い言い方であることには変わりはない。なぜか?

 プロ野球ファンが全員巨人ファンなわけではない。他球団ファンの存在を考えたら、「経済」なんて錦の御旗を持ち出すのは傲慢なんじゃないかと僕は思うのだ。巨人が優勝して(自分の贔屓チームが優勝できずに)悲しい人も多いはずだ。素直に「巨人が好きだから優勝して欲しい」といえばいいのに。そりゃあ、日本人の大部分が応援してると思われるオリンピック等の代表なら「優勝して日本を盛り上げよう」と言ってもいい。だけど、巨人は一応国内リーグの一員なんだから、ファンはまだしもオーナーや監督までが「私たちの優勝で日本を」って言っちゃあまずいのではないか。「リーグを盛り上げて」とか「東京を」と言うべきだろう。何なら、リーグから脱退して巨人の一軍と二軍で試合をしたらどうか。毎年優勝だぞ。それから、スポーツを他の目的のための手段であるかのように扱うのはいい加減にやめたらどうか。スポーツは教育や経済振興のためだけに存在しているわけではない。スポーツの本質はそれを「やる」ことや「見る」ことで得られる喜びだ。そういう態度でスポーツと向き合ってこそ、スポーツは自立した文化となり得るのだ。スポーツについて語る時にすぐその「経済効果」を持ち出したがるような連中を、僕はスポーツファンとは呼ばない。

 もっとも、巨人優勝で本当に景気が良くなって「16兆円の経済対策もミスターにはかなわず」なんてなったら、それはそれで面白いかもしれないが。

 

ショートカット104号掲載(1998年5月15日)

 

 

(注)背番号3復活を巡るマスコミの馬鹿騒ぎは皆さんご存じの通りだが、あるシンクタンクによると「長嶋背番号3復活の経済効果4兆円」だそうな。「リストラ等で疲れた中年サラリーマンの心を癒すから」だって。馬鹿じゃねえの。


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