13年ぶりの「荒ぶる」。早稲田、高速展開・高速防御で勝利。

 

 

 2002年度大学選手権の決勝は、大方の予想通り昨年と同じ顔合わせとなった。片や清宮体制も2年目、再び対抗戦グループを全勝で制し、ここまで全く危なげなく勝ち進んできた早稲田大学。片やチーム作りの遅れからシーズン序盤でつまづきつつも1試合ごとにその力を充実させ、慶応から金星をあげた帝京を準決勝で大破した関東学院大学。前者は高速展開で13年ぶりの優勝を、後者は強力FWを軸に3連覇を目指す。ハイレベルのラグビーにおいて東高西低の傾向が顕著になっている現在においては、まさに大学日本一を決するに相応しいカードと言えよう。

 

 スタンドは9割程度の入りで、うち7割がえんじ(早稲田)、3割がブルー(関東学院)といったところだったろうか。ファンの年齢の幅や声量(特に応援歌)といった部分で早稲田の圧倒的優位なのは昨年同様だが、これは両校の歴史の差によるものであって1年やそこらではどうしようもない。メンバー発表では早稲田のCTB山下キャプテンやSO大田尾、清宮監督に対して特に大きな歓声が上がっていた。レフェリーは岩下さん。厳格なジャッジをすることで知られる人だけに、この人選は昨年もグレーゾーンのプレーが多かった(比較的「緩い」下井レフェリーだったので致命傷にはならなかったが)関東学院の方にやや不利に働くのではないかと思えた。

 今年は昨年とは違って、マスコミ等では早稲田有利の下馬評。準決勝までの戦い方から普通に戦法・展開を考えれば、関東学院は序盤から大型FWを前面に押し立てて前進、早い時間でリードを奪っておいて、早稲田DFに穴が空き始めたところで自慢のバックスリーを走らせるのではないか。一方早稲田側は前半はとにかく守備を固めて圧力に耐え、後半フィットネスにものを言わせて高速展開から叩き潰しにかかるのではないか。漠然とそんな風に予想していたのだが。

 

 キックオフ。スタンドからは「よし!」「行け!」「回せ!!」といった短い叫び声が飛ぶ。予想に反し、立ち上がりから飛ばしたのは早稲田の方だった。スクラムから、あるいはラックからボールを出した瞬間、SH田原→大田尾から外へ速いパスが送られていく。ループや飛ばしパスなども交え、とにかく右へ左へ大きく展開して関東DFラインを引きづり回す。PKを得ても一切狙わず、素早い仕掛けで相手に息を継がせない。そこには「相手がどうあれ自分たちのラグビーをする」「高速展開で圧倒してやる」という決然とした意志が伺えた。私はこの日メインスタンド左側のコーナーフラッグ付近で観戦していたので横方向の動きがよく見えたのだが、関東学院もこれほどの速さのパッシング・ラグビーと対面するのは初めてなのだろう、早稲田の思いきりの良い揺さぶりに対して横へスライドするDFが一歩二歩ずつ遅れ気味になっているのがはっきり見てとれた。ようやく追いついて遅れ気味のタックルで倒す。早稲田はすぐに球を出して順目・逆目の薄い方向へ攻撃をシフトさせていく。攻撃が3次・4次になってくると各所でオーバーラップ(数的優位)やミスマッチ(BKをFWがマークする状況)が生まれ、大田尾が、あるいは両WTBの仲山・山岡が大きくゲインする。個々の強い関東学院に対してあまり遠いところへパスを出すとターンオーバーの危険があるのではないかと最初は思ったのだが、しかしボールキャリアーがタックルを受けた際にフォローの選手が到着するのは明らかに早稲田の方が早く、そんな心配は杞憂に終わった。

 一方の関東学院はやはりペナルティの連発に苦しんだ。特に序盤は密集状態になるたびにオフサイドの反則をとられ、早稲田の連続攻勢を許すことになった。また、事前に予想していたほどFWでごりごり近場を攻める場面はなく、むしろ横へ「普通に」展開していくことが多かったのだが、今季の早稲田のDFラインの展開力と復元力・タックルの精度は大学チーム随一のもので、人数が余らずライン際に窮屈に押し込められてWTB水野やFB有賀が走るスペースを失っていく。行き詰まった結果としてキックを使うも、風下だったことと早稲田バックスの処理にミスがなかったことで効果は薄かった。早稲田陣に進入することさえほとんどかなわない状態。7分、PKを仕掛けてできた左サイドのラックから大田尾が持ち出して左のCTB山下へパス、山下はDFが外を走る仲山につられたのを見て直進し、DFの追いタックルを受けながらも抜群の腰の強さを生かしてゴールライン内へ粘り込んだ。田原が角度のないコンバージョンを決めて7−0。14分には右ラインアウトから左タッチ際まで大きくパスをつないでできた密集の脇を仲山が持ち出し、DFの裏にきれいに抜けて14−0。さらに22分には左PKから田原が飛ばしパスを通してFL川上がゲイン、そこへ素早く到着した田原がすぐにボールを出して大田尾がゴールエリアへ飛び込んだ。19−0。思わぬ一方的な展開。ボクシングに例えれば「サンドバック状態」というやつで、一体何点入るのかとさえ思われた。

 しかし、3本目のトライをとった後はさすがに早稲田もハイペースが響いたのかタックルがやや高くなり、関東は横へ回すのではなくFWとバックスリーの直進→クラッシュを連続させることで前進できるようになっていく。試合中大きくゲインを稼ぎ続けたのはWTB三宅で、FWが突進後倒れずボールをつなぐ間に内側へ入り、パスを受けるや速いというより強靱なステップで早稲田DFラインの小さなギャップをこじ開ける。26分にはFWと有賀が縦につないでようやく早稲田ゴール前まで前進し、マイボール・スクラムの好機。関東は準決勝で2つのスクラムトライを奪っているだけに、ここはその後の試合の流れを大きく左右する場面に思えた。結果、押される早稲田が反則を連発し、29分にNO8山本がサイドに持ち出してトライ。関東FWの強さが証明される形に。ただ、早稲田も数分にわたって抵抗したこと、スクラムトライ(あるいはペナルティトライ)という形は避けたことでそれほどダメージは受けなかったように思う。コンバージョンはSO入江が外して19−5。

 それでも、流れは関東学院に傾いていく。早稲田がPGを決めて(この判断は流れをよく読んだものだった)22−5と差が開いた直後の35分、再びゴール前まで攻め込み、左ラインアウトからFL鈴木力がDFの壁を一気に突き破ってトライ。22−10。さらに終了間際に右サイド緩い角度でPKを得、迷わず狙う。が、このイージーなキックを入江が外してしまい、12点差のまま前半終了。最後のPGが決まっていれば関東としては「よし行ける!」と逆転へ向けてムードが高まっただろうからこの失敗は大きく、何となく気まずい雰囲気でハーフタイムに入ってしまった。

 

 後半、風上にたった関東学院が勢いに乗って早稲田陣へ攻め込み、ペースを握る。10分以上にわたる一方的な攻勢。早稲田はLO高森や仲山のランで散発的なゲインを得たりはするものの、前半のような連続攻撃は全く陰を潜め、受け身に回り続ける苦しい展開に。関東にしてみればビハインドを一気に取り返し、前半最後の嫌な流れを断ち切るためには絶好のチャンス。しかし、なかなかトライが奪えない。早稲田ゴール前マイボール・スクラムでコントロールミスしたりオブストラクションを犯したりと「あと一歩」が届かない。フットボールをよく見ている人なら誰でも経験的に知っていることだが、こうしたもたつきでチャンスを生かせないと必ずそのツケは回ってくるのである。

 13分、早稲田が久しぶりに関東陣で横展開を見せ、仲山まできれいにボールが渡ったところで三宅がタッチへ押し出す。右ラインアウト。関東はしっかりボールをキープしてラックを形成、キックで陣地を戻すためのフォーメーションを組む。普通にこなせばさほど難易度の高くないプレーだったが、SH小畑は左足を伸ばした窮屈な姿勢から強引なパスを入江に放り、ボールは高く浮いてファンブル。入江はボールを拾って慌ててタッチに蹴り出そうとするも時既に遅く、飛び込んだ高森がキックをブロックしてボールはゴールライン付近に転がり、これに高森が自ら飛び込んであっという間のトライ。SHのパスミスとSOの判断ミスが重なったものだったが、高まった反撃ムードが形になるかどうか微妙な時間帯だっただけに、こうしたことで突き放されてしまうのはあまりにも痛かった。27−10。

 それまでの攻勢を維持すべく、再び早稲田陣でほぼ一方的に攻め続ける関東学院。ゴール前ではモールを形成し、自慢の大型FWを使って突き破ろうとする。しかし、ゴール前での粘りは早稲田のお家芸。瀬戸際で粘る、粘る。モールがなだれ込もうとすればゴールライン上で押し返し、スクラムでは低く入って力点をずらすことで関東学院の8人に前進を許さない。そうこうしているうちに20分の接触プレーでFB有賀・PR立川と関東側で有数の突破力を持つ選手が2人も負傷退場してしまう。FWもバテ始める時間にさしかかり、いよいよ敗色ムードが漂う。私個人としてはもう早稲田の勝利がほぼ決まったように思えた。

 が、しかし。これで終わらないのが関東学院。余裕がなくなったことで逆に各選手のプレーから迷いがなくなり(ふっきれた!)、6年連続決勝進出チームの底力が発揮される。もはやきれいなユニットプレイは全く見られないが、しかし代表クラスの潜在能力を持った選手たちが歯を食いしばって真っ直ぐ真っ直ぐゴールへ向かう。27〜28分の自陣でのピンチをしのぐと、再び早稲田陣でラッシュ開始。そして35分、ゴール前で岩のようなモールがじりじりと進み、最後はPR山村が持ち込んでトライ。なんという反発力だろう。コンバージョンも決まって27−17。ロスタイムも含めれば残り10分弱。ディフェンスにミスが出たらあっという間に追いつかれてしまう点差だ。土壇場で試合はわからなくなってきた。

 そして、ここからは学生の対戦らしい理屈抜きの攻防が続く。関東FWが持って突進、早稲田DFがタックルで止め、そのボールを拾った関東バックスがまた突進し、それを早稲田DFが2人がかりで止める。突進、タックル、突進、タックル、突進、タックル……。関東は幾度かゴールまであと数メートルに迫り、39分には右サイドであと2mまで前進、さらにPKを得る。速攻か。「ここでとれれば残りあと5分ある!」。関東学院ファンが立ち上がりかけたその時、タッチジャッジがレフェリーに何やらアピール。私の席からはよく見えなかったのだが、どうもボールをなかなか放さなかった早稲田NO8佐々木に対して関東の選手がスタンピングをしたらしい。ボール保持権は移動し、逆に早稲田のPKに。これで勝敗は決した。なおもあきらめぬ関東はロスタイムに入っても三宅が、水野が、タックラーを弾き飛ばしながらゴールへ迫る。山村の巨体が再びゴールラインを越えた時、既に時計は44分を回っていた。関東の選手たちは急いで自陣目指して駆けだし、その間に三宅がドロップゴールを蹴ってポスト右へ外した。27−22。だが、もう試合時間は残っていなかった。岩下レフェリーがホイッスルを大きく吹き鳴らし、早稲田の13年ぶりの優勝が決まった。早稲田はベンチから人が飛び出して選手とともに歓喜の渦を作り出し、懸命に戻ろうとしていた関東学院の選手たちはピッチにうずくまって動きを止める。場内は、割れんばかりの拍手に包まれた。

 

 今年の関東学院は、例年になく「粗い」チームだったように思えた。強力なFW・バックスリーに対していかにも見劣りするハーフ団とCTB、ちょっとした駆け引きと工夫をされると機能しなくなったスクラム、あまりにお粗末なキッカー(これは入江1人の責任ではなかろう)、ピッチ上でのリーダー不在、相も変わらぬ反則の多さ。完成度からすれば早稲田にははるかに及ばず、この試合においては作戦ミス(最初からFW勝負を挑むべきだった)もあったように見え、はっきり言って選手権を勝つには値しないチームだったのだろう。個々の能力が高い分もったいないような気もしてしまうが、しかし考えてみればシーズン序盤にはスタメンも、さらにはキャプテンさえも決まらず明治にさえ負けていたチームなのである。経緯をずっと見ている人間なら、あるいは「よくぞここまで」とさえ言いたくなるのかもしれない。負けたとは言え連続決勝進出記録はまだ続いており、今回もトライ数では早稲田と互角(PKとコンバージョンの差だけ)。主力メンバーには3年生以下も多く、決して潜在力で下降線を描いている訳ではない。今年の反省を生かしてチーム作りをしてくれば、来年もまた決勝で覇を争うことになるのではないだろうか。

 早稲田大学にとっては清宮体制2年間の成果を出すべき試合、苦しみながらもきっちり勝ちきることができた。昨年は明らかにチャレンジャーとして挑む雰囲気が伺えたが、今年は自らの強さ・武器をしっかり自覚して戦っているように見えた。そうした意識の差が序盤の高速展開による3トライとなって現れたのではないだろうか。また、今年は「Ultimate Crash」と名付ける攻撃ラグビーを標ぼうしてチーム作りを行ってきたわけだが、しかしこの試合において最後の最後で強みとなったのはむしろ堅くて粘り強い守備の方だった。並のチームだったら後半の怒濤のような攻撃を受けてディフェンスが決壊していたに違いない。「揺さぶり」が早稲田の伝統なら、ゴール前での粘りもまた早稲田の伝統。長年明治や法政と戦いながら培われてきたチームの遺伝子が土壇場で発現した、などと書くと懐古趣味に過ぎるだろうか。

 ただ、今回は何はともあれ「よかったよかった」だが、早稲田にとって問題なのはむしろ来年だろう。学生チームにとっては強さを維持することこそが難しく(だからこそ関東学院の6年連続決勝進出はいくら賞賛されてもいい)、連覇となると至難の業である。前回関東学院の3連覇を阻んだのは慶応だったが、その「突き抜けた」強さは1年限りのものだった。来シーズンは清宮体制最後の年。この強さを維持できれば、その時こそ常勝早稲田は真に復活することになるのではないだろうか。

 試合中私がふと思ったのは、「一昔前の早明戦みたいな試合だなあ」ということだった。周りの関東学院ファンは「真っ直ぐだ!真っ直ぐ行けー!!」とやたら叫んでいて、実際今の関東学院は変にきれいな横展開などせず、ボールキャリアー(FWであれバックスであれ)がゴールに向かって直進してくることこそが相手にとって脅威となるチームだ。これはまるで強かった頃の明治の「前へ」ではないか。また、序盤の早稲田はよく練られたムーヴを交えながら右へ左へ相手をぶん回す、いかにも早稲田らしい「揺さぶり」の攻撃を見せてくれたように思う。こうしたスタイルの違う実力者同士の対戦はラグビーの戦術について考えるヒントを色々とくれるし、また観ていて端的に面白くもある。これぞ伝統ある個性豊かなチームが覇を競う、大学ラグビーの醍醐味。もしかするとこの2チーム、かつての早稲田−明治のような名勝負数え歌を重ねていってくれるのではないかと思うし、ぜひそれが高いレベルで実現してもらいたいものである。

 

 試合後、早稲田は選手もスタッフも数十人がひとかたまりに肩を組み、日本一になった時のみ歌うのを許される「荒ぶる」を合唱した。私も実は生で「荒ぶる」を聞くのは今回が初めてだったりする。別に「日本一の時のみ歌う」なんてことに合理的な根拠はないのだろうし、歌詞を知らなければ歌えないのだから決勝進出が決まった段階で皆こっそり練習するに違いない(それで負けたら悲惨と言うしかない)(笑)。でも、私は早稲田出身ではないが、こういうのって何だかワクワクするし、勝利の喜び・感激を高めてくれる(それでいて相手を貶めるわけではない)という意味で実に素敵なことだと思う。これもまた伝統の力。早稲田大学、おめでとう。

 

 

2003年1月11日 国立競技場

ラグビー大学選手権決勝

 

早稲田大学 27−22 関東学院大学

 


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