大学ラグビーの、まさに頂点。両校必死の接戦は、関東学院に軍配。

 

 

 今年の学生ラグビー界最大の話題は、何といっても早稲田大学の復活であった。清宮新監督の下、積極的な展開から相手を横に揺さぶって走り抜く伝統のスタイルを取り戻し、慶応・明治を連破して関東対抗戦グループ優勝。大学選手権でも再び慶応を破り、ついに全勝のまま決勝進出を果たした。その早稲田を迎え撃つのは、ここ4年間で3度の優勝を誇る関東学院大学。巧みで強いFWと高い個人能力のBKのバランスは学生随一で、ここまで全く危なげなく勝ち上がってきた。日本ラグビー界屈指の伝統校と新興勢力筆頭の対決であり、低迷からの復活チームと盤石の安定感を誇る「王者」の戦いでもある。非常に興味深い組み合わせとなった。

 

 キックオフ15分ほど前に国立競技場のメインスタンドに着くと、既に場内は7割ほどの入り。えんじと黒の旗を持った人間の数が圧倒的に多い。この戦いを待っていた人がどれほど多かったことだろう。早稲田ファンは年寄りから若者まで、年齢層も多様だ。それに比べれば関東学院は人数も少なく、濃淡の青2色旗を持っているのは若者が大部分を占める。伝統とは長い間の積み重ねであり、その結果としての背後で支えてくれる力の大きさであるのだろう。メンバー紹介では、早稲田側はCTB山下と清宮監督に、関東学院側ではSH春口とSO今村のハーフ団にそれぞれ大きな歓声が上がった。そして大きな拍手の中両チームの選手が入場し、両校校歌が演奏される。えんじ・黒の軍団が一斉に立ち上がり、大きく右腕を振る。「み、や、こ、の、せいほ〜く〜」。1万人以上の大合唱。選手も緊張感をたたえた引き締まった表情で応えている。試合前の応援・雰囲気は、圧倒的な早稲田大学の勝利であった。

 

 キックオフ。立ち上がり、キックで敵陣に入った関東学院がFWで押し込み、いきなり2分にCTB荒牧のPGで先制。3−0。続いての早稲田の攻撃、センターライン付近で山下が抜けて左ライン際を快走、あと一歩でトライというところで関東FB角濱につかまり、引き倒される。次のスクラム、劣勢と思われていた早稲田FWが押しこみ、ボールを奪ってあわやトライかという場面を作った(スクラムの時点での関東側ペナルティでトライ認められず)。これで早稲田はペースをつかみ、22mライン内で速い横パス(パススピードは本当に速かった。おそらく学生一、日本全体でも屈指だろう)から連続して突進、トライを狙う。だが、関東学院は堅実なタックルで前進を許さない。早稲田はペナルティを得ても勢いを大事にして回し続けるが、結果的に得点はならなかった。逆に関東は今村の正確なキックで再び敵陣に入り、ラインアウトミスに苦労しつつも今度はFB角濱のライン参加も交えたBKの攻撃で22mライン内に入り、13分に荒牧のPGで3点を追加。6−0。前半は着実にPGで加点しつつ相手の弱点を探る、いつも通りの関東学院ラグビーが展開されていた。

 次のシリーズ、関東学院陣内での早稲田の攻勢が続くが、相変わらず関東のディフェンスが堅い。一見余りそうな場面でもきっちりマークしつつ外にスライドしてスペースを塞ぎ、あと一人抜ければトライという場面では低い姿勢のタックルで着実に止める。早稲田は武川のPGで3点返すのがやっとであった。そして26分、ゴール前まで攻め込んだ関東学院はラックからの連続展開で左サイドに振り、早稲田DFが外の角濱・WTB水野に気をとられたところでCTB榎本が内側を破って左中間にトライ。ゴールキックも決まって13−3。交互に攻め合う展開ながら、関東学院側の得点効率の良さが目立つ形となった。

 その後も早稲田のオープン攻撃をすんでのところで関東学院が止め、密集でのターンオーバー(これがある程度出るであろうことは戦前から予想できたが)から切り返す、というパターンが続いた。37分には早稲田NO8佐藤が左タッチライン際を一気に駆け抜けようとするが、やはりゴール前で角濱が追いついてトライを許さず。結局、早稲田が積極的に展開・継続した割にDFラインをブレイクできぬまま、10点差で前半が終了。ロースコアの争いとなったがこれは両チームのディフェンスが厳しかったためで、合わせて16点というのは締まった雰囲気をよく表現した得点であったように思う。

 

 後半になると、関東学院はモールで押しこんでから展開、というある種の「王道」戦法で相手を叩き潰しにかかる。しかし早稲田ディフェンスのプレッシャーからか、「らしくない」ハンドリングエラーが目立ち、なかなか追加点を得られない。そのうち早稲田側に上村・佐藤ら走力のあるFWとWTB仲山らの個々のゲインが出始め、関東学院のDFも次第に前半のような余裕を持った受けが出来ないようになり、タックルも後手後手に回る姿が目立った。必然的に、ペナルティも増加。9分に武川のPGが決まって13−6。「攻めさせられている」前半とは異なった本当の流れを早稲田は呼び込みつつあった。

 そして14分。仲山がステップでトイメンのWTB三宅をかわして左サイドでビッグゲイン。すかさず早稲田は右へ回し、中央で山下の突進を交えてから再び右へ展開。短いパスがポンポンポンとつながってあっという間にボールは右WTB山岡まで渡り、山岡は懸命に追いすがる水野を振りきって右隅を走りきり、ゴールエリア内で中央まで回り込んでトライ。個人のランニングスキルとチームとしての早く速いパスコンビネーションが融合した、絵に描いたような素晴らしいトライであった。コンバージョンも成功して13−13。早稲田びいきが大半を占めるスタンドの盛り上がりは最高潮に達した。

 相手側に流れを渡してしまった上に得点でも追いつかれた関東学院。すぐさま18分に荒牧のPGで3点リードしたものの、コンディション不良の荒牧はここで交代。さらに24分には今村が足の負傷で交代を余儀なくされた。勇敢かつ沈着な司令塔を失い、さらにプレースキッカーが2人ともいなくなる大ピンチの状況。「王者」の連覇にも黄色信号がともったかに思えた。だが、この窮状がかえってチームの底力を呼び起こしたのか、今村退場直後の26分、関東学院はこの日最高の攻撃を見せる。右→左→右とグラウンドの横幅を広く使って早稲田陣に入り、角濱・三宅とつないで22m内へ。さらにすぐさま左にFW・BK一体となったラインを形成して展開、最後は交代出場のSO竹山からパスを受けたキャプテンNO8山口がDF3人をはね飛ばして左中間に飛び込んだ。単なる密集の強さ・巧さだけではないことを堂々と示すようなダイナミックな攻撃。しかし角濱のコンバージョンは失敗し、21−13とまだ予断を許さない状況が続く。

 ここからは技術よりも気迫、意地と意地のぶつかり合い。両チームともひたすら展開し、ひたすら前へ突進する。ハンドリングエラーの数も増えたが、しかしそれで萎えることのない勝利への執念はビシビシと伝わってきた。30分を過ぎて関東学院が早稲田ゴール前まで攻め込んだ場面も、早稲田DFは出足の速いタックルでしのぎきる。自陣ゴール前での強さ、いかにも早稲田らしい防御だった。逆に早稲田は37分、関東学院の意図的なオフサイドで得た難しい右中間PGを武川が決めて21−16まで食い下がる。39分には早稲田陣内正面やや左で関東学院がPKを得るも、プレースキッカーのいない関東は春口が外してしまい5点差のままロスタイムに突入した。

 そして最後のワンプレーと思われた43分。PKから早稲田は迷わず回し、ラックから左に展開、山下がDFラインのギャップを切り裂いて一気に前進する。山下は追いすがるDFを見て一呼吸おいてから(結果的にはまだ早かったかもしれないのだが)切り札仲山へパス、仲山の前にはゴールラインまでぽっかりと視界が開けていた……。総立ちになるスタンド。交錯する絶叫。しかし、この最後の最後ギリギリの場面では、やはり関東学院が一枚上手だった。冷静に攻撃のコースを読んでいたFB角濱がまたしても仲山へ追いすがり、引き倒す。後ろへこぼれるボール。関東学院DF必死のセービングからラックが形成され、春口がタッチへ蹴り出す。一瞬、静まりかえる場内。下井レフェリーの腕が上がり、終了のホイッスルが鳴り響く。狂喜して抱き合う関東学院の選手たち。ピッチへ崩れ落ちる早稲田の選手たち。精一杯の戦いに、勝者にも敗者にも、スタンドからは大きな拍手が送られた。

 

 早稲田にしてみれば、現状持っている力は全て出し尽くした、という試合ではなかっただろうか。ディフェンスでは関東学院を2トライに抑え、強力FWにも快足バックスリーにも易々と大きなゲインを許さなかった。攻撃でも素早い横への展開から早稲田らしい攻撃を見せ、山下と両ウイングへきっちりボールをつないで度々ゴール前まで迫った。負けてしまったのは関東学院の崩れない防御(特に角濱のカバーディフェンス)に「あと一枚」が破れず、かつ関東FWの巧さによって勝負所で素早いボールが出せなかったから。それでも、ここ数年決勝まで届かず経験の少ない選手たちがここまでやれたのは、清宮監督の指導の下チームコンセプトがしっかり浸透し、素質で劣る選手たちでも一丸となって戦えたからだろう。早稲田復活の方向性は間違ってない。この路線で来年以降も「進化」していってほしい。

 逆に関東学院の方は「やりたいことが出来なかった」「充分な活躍を見せられなかった」という選手が多かったのではないだろうか。FWの力量差を考えればもう少しスムーズに試合を運びたかったところだろうが、早稲田の懸命の戦いがそれを許さなかった。終盤、あれほど必死になった関東学院を見たのはここ数年なかったことだし、終了のホイッスルが鳴ったときの尋常でない喜びようは、この試合がいかに苦しい戦いであったかを物語っていたように思う。本来フィールドに立ってしまえば2つのチームは対等な立場になるはずなのに、周りの見方や自分たちのプライドは「挑戦者」よりも「王者」に対してより強いプレッシャーを与えてしまう。勝つことが唯一最大の目標であり成果であって、この手のタイトルがかかった試合でそれ以上を求めるのはもしかすると学生には酷なのかもしれない。それでも、最後の最後まで関東学院はわずかながらも余裕あるいは余力を残していたようだ(試合後のインタビューでの山口主将が春口のへなちょこプレースキックについて「あれはシャレです」などと発言したのはそういう意味だろう)。今年は春口・今村ら主力の負傷もあって順調ではなかったが、それでもしっかり蓄えられていた底力が発揮されたと言うべきなのかもしれない。とにかく、おめでとう。表彰式前、号泣する春口翼の姿には胸を打たれた。

 両チームともにミスもあった。技術的には、まだまだ粗く未熟な部分も大きいのだろう(決して褒められたものではない「ずるい」行為もあったようだ)。現状で次の目標となる社会人に勝つのは難しい。それでも、頂点を競おうとする両チームの気概と個々の選手の勝利を目指す気持ち、激しいタックル、さらにはスタンドの熱さがそれらを上回っていた。ここは素直に、「いい決勝戦だった」と言っておきたい。ありがとう。

 願わくば、この熱さが、日本ラグビーの隅々にまで行き渡らんことを。

 

 

2002年1月12日 国立競技場

ラグビー全国大学選手権決勝

 

関東学院大学 21−16 早稲田大学

 


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